コラム「透視図」

福島風評被害

2016年03月12日 09時30分

 ▼平安期の歌人大納言公任に、「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」(『拾遺集』)の歌がある。百人一首にも選ばれているからご存じの方も多いだろう。滝の音が聞こえなくなって随分たつのに、名声はいまだ消えずに語り継がれている、との感慨を三十一文字で表現した。公任は歌人としての志、後世にまで残る秀でた作品をものにしたいという思いを滝の音に重ねたらしい。

 ▼名声なら語り継がれてもいいが、消えてほしいのに残って困るものもある。福島県に対する風評被害もその一つ。消費者庁が10日公表した「食品中の放射性物質等に関する意識調査」(2016年2月)を見ても、福島産は危険との認識はまだ根強いようだ。例えば「放射性物質の含まれていない食品を買いたい」と回答した人で、福島産の購入をためらう人が16%近くいた。0%は無理としても、基準値以下の食品しか市場に出ない仕組みがある今、もっと小さい数字になっていい。

 ▼福島県で食品関連産業に携わる人々は、悔しさをかみしめているに違いない。福島第1原発が水素爆発してからきょうで5年。事故で苦しめられ、その上、風評被害である。産地間競争や輸入品との戦いもあるというのに、これでは復興も絵に描いた餅だろう。残念なことに、安全のためと称して危険をあおる一部メディアや識者も風評の固定に一役買っているようだ。モモ、ナシ、ズワイガニ。うまい物の産地としての名声がいつまでも語り継がれることこそ福島県にはふさわしい。


小泉地区移転

2016年03月11日 09時24分

 ▼東日本大震災からきょうで5年になる。最近、報道各社は相次いで復興に関する世論調査を発表したが、順調と考える人は少なかったようだ。基盤整備が進んだ半面、生活や心の復興は遅れているからだろう。ただ、着実に前進している例もある。気仙沼市の小泉地区がその一つだ。森傑北大教授と和田敦アトリエブンク常務が当初から携わっていたこともあり、本紙でも何度かその取り組みを伝えてきた。

 ▼昔から勝手口のお付き合いで助け合って暮らしてきたコミュニティーなのだそう。震災後すぐに「小泉地区の明日を考える会」を結成し、防災集団移転によるまちづくりを目指すことになったのは自然の流れだったようだ。ただしそこからの道のりは険しかった。移転場所はどこに、事業認可は、費用は、住民理解はと、次々に壁が立ちはだかったらしい。一見遠回りのようだが、住民たちはまちづくり講座やワークショップを繰り返すことで、一つ一つ合意形成をしていったという。

 ▼現在、移転先の高台に新しい住宅が立ち始めている。一般の宅地と違うのは、最初から「勝手口のお付き合い」を前提として配置計画を作っていること。それは地域の絆に重きを置く住民の意向に沿ったものだ。被災地では今、仮設や復興住宅での孤独死が増えていると聞く。コミュニティーと切り離されたことが大きな原因だろう。それは復興が行政のお仕着せだけで成功しないことを教えている。住民主導でまちづくりと同時に心の復興も進めてきた小泉地区に、学ぶことは多い。


あす5年目

2016年03月10日 09時16分

 ▼タクシーの運転手たちが体験した幽霊―。またよくあるオカルト話と思われたかもしれないが、違う。東北学院大学の金菱清ゼミがまとめた論文集『呼び覚まされる霊性の震災学』で、学生の工藤優花さんが担当した1章である。東日本大震災の被災地で見られた幽霊との交流事例を丹念に調査したものだ。運転手たちは皆、当たり前のこととして受け入れていたそう。「あんなことがあったのだから」と。

 ▼こんな事例があったそうだ。夏のこと、季節外れの冬服を着た若い女性が乗った。行き先を聞くと更地になったところである。今そこは何もないけど、と言って振り返るとその女性はもういなかった。工藤さんは運転手たちに恐怖心がないのは、愛着ある地元の人が帰ってきたことに畏敬の念があるからと分析。その上で、この現象の背景にある人々の絶望感や地域の一体感、魂であっても親しい人が戻ってくる喜びを「受容し、次に活かす」ことが今後、生きる上で役立つと訴える。

 ▼あす5年目の3・11を迎える。死者・行方不明者は合わせて1万8456人(2月現在、警察庁)。皆、尊い人生があった。多くの人がつらい別れを経験した。『つなみ 5年後の子どもたちの作文集』(文藝春秋)で中2のO君がサッカーの楽しさ、支援者への感謝をつづった作文を読んだ。津波で両親を失ったがそれには一言も触れていない。死者も幽霊も語るすべを持たないのは無念だろう。ただ、生きていてさえ語れぬ人がいることに、癒えぬ心の傷の深さを思い知らされた。


ありがとう

2016年03月09日 10時31分

 ▼いきものがかり、という3人組ポップスグループの曲に「ありがとう」がある。新聞故ここでお聞かせするわけにいかないが、歌い出しはこうだ。「ありがとうって伝えたくて あなたを見つめるけど」。歌い手の女性の伸びやかな声が耳に心地良い。言うべき場面ですっと口から出ないのが、ありがとうの言葉だろう。苦労を掛けた妻に、ありがとうと言った覚えがない、なんてご仁もいるのではないか。

 ▼きょうは「ありがとうの日」である。3月9日、39(サンキュー)の語呂合わせだ。ご存じとは思うが、「ありがとう」は「有り難し」が転じて、めったにない親切や好意に感謝を表す言葉になったもの。心からの気持ちを、口に出して相手に伝えることができれば、人間関係は随分円滑になる。誰しも経験することだろう。そう考えると現政権は、沖縄への感謝に少し欠ける部分があったかもしれない。基地問題で既定路線にこだわるあまり、県民感情を逆なでする結果を招いた。

 ▼民主党にも責任がある。鳩山由紀夫首相(当時)は県外に移すとぶち上げ、すぐ撤回するドタバタ劇を演じ混乱を深めた。感謝でなく歓心が狙いだったと批判されても仕方ない。国は今回、米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる訴訟で福岡高裁那覇支部の和解案を受け入れた。再び交渉に入る。「ありがとう」の歌は続く。「あなたの夢がいつからか ふたりの夢に変わっていた」。甘ったるい意見と分かっているが、国と沖縄が感謝し合うことで解決の糸口が見えてきはしないか。


夕張再生計画

2016年03月08日 08時49分

 ▼吉野源三郎の名前にピンと来なくても、代表作に『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)があると聞けば、それは読んだ覚えがある、という人も少なくないのでないか。叔父さんがコペル君にいろいろなことを諭す。中にこんな一節があった。「一筋に希望をつないでいたことが無残に打ち砕かれれば、僕たちの心は目に見えない血を流して傷つく」。生きる上で希望がいかに大切かを教えているのだろう。

 ▼財政再生団体になっている夕張市の成果や課題を検証していた第三者委員会「夕張市の再生方策に関する検討委員会」が4日、鈴木直道市長に報告書を提出した。その内容を見ると、風向きがだいぶん、南寄りの暖かなものに変わってきたようだ。地方創生実現のため、財政再建と地域再生の調和に向けて新たな段階に移行することを求める、というのである。つまり、市民に辛抱を強いるばかりの時期はもう終わりにし、誇りや希望が持てるように計画を見直していこうというのだ。

 ▼再生計画は夕張市民にとって過酷なものだった。債務返済優先のため税金など負担が増える一方、行政サービスは削られる。市民の希望は次々と打ち砕かれた。それ故だろう、人口は計画が始まってから現在までに約30%も減ったという。計画は見直されても、苦しみはまだ残る。吉野は叔父さんにこうも語らせていた。「正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだ」。10年間、夕張は挑戦し続けた。その姿に希望をもらった人がどれだけ多くいたことか。


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