京都人、わけても生粋の人は七を「しち」ではなく「ひち」と発音するそうだ。ところが日本の国語教育では七を「ひち」と言うのを認めていない。京都出身の井上章一国際日本文化研究センター所長が著書『京都ぎらい』(朝日新書)でそのことに憤っていた
▼例えば地名の七本松、上七軒は本来、それぞれ「ひちほんまつ」「かみひちけん」だが、公的な場では「ひち」が「しち」に変わっているというのである。バスの案内で「しちじょう」と聞いたおばあさんが、勘違いして降りた話も紹介していた。「ここ四条とちゃうやないの。まだ七条(ひっちょう)やんか」というわけである。井上さんは疑問を持つ。地域ならではの言葉を国が統制し、全国一律にするのはいかがなものか
▼文化の豊かさは多様性があってこそ。今回の動きが、そんな地域色を生かす方向に広がるといいのだが。きのう、文化庁が京都へ全面的に移行した。中央省庁の東京一極集中を見直す目的で準備が進められていたものである。他省庁と密接に連携している部署などを除き、全体の7割程度、約390人が京都で業務に当たることになるという。明治政府が首都を東京に定めて以来、中央省庁が首都外に全面移転するのは初めて
▼京都に移った職員はこれから、七を「ひち」と聞く機会も増えよう。頑迷固ろうで例外を認めない霞が関の官僚社会から飛び出した文化庁には、多様性を実地で学ぶいい機会になるのでないか。くれぐれも東京風を吹かせる言動は慎みたい。「おおきに」とにこやかに拒絶されるのがオチである。