コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 228

理稀ちゃん発見

2018年08月17日 07時00分

 日本の昔話の一つに「てんぐの隠れみの」がある。滑稽で笑える内容だから今でも覚えている人は少なくないだろう

 ▼姿を消せるてんぐの隠れみのを手に入れたい彦一は単なる竹筒を遠眼鏡だとてんぐに信じ込ませ、まんまとみのとの交換に成功する。それからはやりたい放題。ところが何も知らない妻にみのを焼かれてしまい、困った彦一はその灰を身に付けて姿を消すが折から降ってきた雨で次第に…といった話。そんなてんぐの隠れみので姿を見えなくされていたのではと、ありえないことまでつい考えてしまう出来事だった。山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳の藤本理稀(よしき)ちゃんが3日ぶりに発見された件である

 ▼祖父らと海水浴に出掛ける途中でぐずって、曽祖父宅に一人戻ったまま姿を消してしまったのが12日のこと。消防や警察が連日150人態勢で周辺一帯を探したものの見つからず。母親さえ生存を絶望視しかけていた15日の早朝、一人の男性によって保護されたのである。無事の報に快哉を叫んだ人も多いのでないか。見つけたのは大分県から駆け付けた78歳のボランティア尾畠春夫さん。「子どもは上に上がるのが好き」の経験則を頼りに真っ直ぐ山を登り、30分ほどで沢の石に座っている理稀ちゃんを発見した

 ▼この尾畠さん、東日本大震災や熊本地震でも被災者に寄り添いながら腰を据えて復興に取り組んだボランティアの達人という。行方不明者の捜索に参加したこともあったそうだ。すごい人がいたものである。てんぐも一目置いて隠れみのを外したのかも。


戦後復興記念日

2018年08月16日 07時00分

 松竹映画『男はつらいよ』の主人公車寅次郎は根っからの風来坊である。妹さくらの住む故郷柴又に舞い戻っては来るものの、そのたび一騒動起こしてまた旅立っていく

 ▼ただし落ち着きたい気持ちがないわけではないらしい。第17作「寅次郎夕焼け小焼け」で寅さんはこんな心情を語っていた。「さくら、オレはいつもこう思って帰って来るんだ。今度帰ったら、今度帰ったらきっとみんなと仲良く暮らそうって」。寅さんのその願いはついにかなえられることなく、フーテンの日々はどこまでも続くことになる。ところで毎回次の作品を楽しみにしていた人はお分かりだろう。寅さんが再び柴又の家を出て旅に出る場面は、映画の終幕を知らせる合図であると同時に新たな物語の始まりを宣言するものでもあった

 ▼ミュージシャンの佐野元春さんもかつて『グッドバイからはじめよう』で歌っていたが「終わりははじまり」というわけだ。寅さんの映画に限らない。終わりが始まりになるのは人の世の常である。73年前の終戦もまた同じ。翌16日にはもう戦後復興が始まった。とするときょうは戦後復興記念日と呼んでもよさそうである。例年8月は15日の終戦記念日まで悲惨な戦時の記録や記憶を掘り起こす報道や行事が続く

 ▼もちろんそれは大事だが、一方で日本が戦後、経済を重視し平和で安全な国づくりを進めてきたことも忘れてはなるまい。そんな年月を正しく顧みる日があっていい。寅さんがかなえられなかった「みんなと仲良く暮らそうって」夢を日本は深い反省の下、実現してきたのである。


中高年ひきこもり

2018年08月11日 07時00分

 流行の最盛期は過ぎたかもしれないが、子どもたちに人気のテレビアニメに『妖怪ウォッチ』(テレビ東京)がある。副題に「シャドウサイド」と付した続編が今も放映されているから根強いファンはいるのだろう

 ▼物語は単純である。例えば寒い日の朝に布団から出られない人が続出する、また別のときには学級内の雰囲気が妙にぎすぎすしてくる。おかしいと思って調べてみるとその裏には妖怪がいたという具合。現象はあるのにその原因が皆目見当もつかない場合、取りあえず妖怪の仕業にしておく日本古来の感覚に則ったアニメなわけだ。まああえて解説すればの話

 ▼精神科医の春日武彦氏もかつて、現代の社会問題「ひきこもり」を説明するのに妖怪を持ち出していた。本人も親もこう信じて自分たちを納得させているというのである。「〈ひきこもり〉という妖怪に運悪く取り憑かれてしまったから、人生の中断を余儀なくされているだけなんだ」(『健全な肉体に狂気は宿る』角川oneテーマ21)。実はひきこもりを助長する環境を自分たちでつくっていることに気付きもせず、正体不明のものに責任を押し付けているとの指摘である。さて実態はどうなのだろう

 ▼内閣府がこの秋、40―64歳の中高年ひきこもりの現状を探る全国調査に乗り出すそうだ。ひきこもりの長期化で本人も親も高齢になり、共倒れの危機にひんするいわゆる「8050問題」に対処するための基礎資料として使うという。効果的な施策を整えて妖怪を退治し、一人でも多くの人の社会復帰につなげられるといいのだが。


東京医大の女子差別

2018年08月10日 07時00分

 江戸時代の商家の下働きといえばまず丁稚(でっち)を思い浮かべる人が多いのでないか。時代劇や落語ではおなじみの存在だろう。10歳くらいで奉公に出て、仕事や読み書きを覚える徒弟制度である

 ▼衣食住は保障されるが給金はもらえない。主人の側に立つと一人前に育ててやるのだからその分ただで働くのは当たり前。親としても食いぶちを減らし、子どもの手に職を付けさせるには奉公に出すのが一番だった。明治以降、児童の福祉増進や近代的商道徳の広まりで丁稚は次第に廃れていくが、当初は「商業が大混乱に陥るため奉公制度は維持すべし」との声も大きかったそうだ。今では考えられない。「昔常識、今非常識」の典型例である

 ▼丁稚の例を思い出したのは、東京医大の一般入試で女子の合格者をなるべく増やさないよう点数操作していた事件があったからである。こちらもやはり時代錯誤の感が否めない。どうやら大学側は「女性の医師が増えると医学会が大混乱に陥る」と考えていたらしい。医療現場は勤務形態が不規則な上に力業が必要な場合も多く、男性医師の安定確保が不可欠。その意味で大学の懸念も故なきことではない。ただ、受験生には公平と見せて、その実ひそかに女子の間口を狭めているのでは差別や背信と批判されても仕方がない

 ▼問題の根は現場の医師が患者や病院に滅私奉公を強いられているところにある。丁稚でもあるまいに。改善するには女性医師を増やしながら男女共が働きやすい環境を整えていくしかない。将来は今の常識も非常識と笑われているだろう。


原爆慰霊の日

2018年08月09日 07時00分

 英米文学者上岡伸雄氏はエッセイ「昭和二十年夏、父の記憶」に父正義さんが1945年、海軍予備学生として広島の潜水学校に入ったころの出来事を記している

 ▼3月に東京を出た正義さんは瀬戸内海にある学校へ向かう前、広島市中心部の知り合いの家に一泊した。幼い子どものいる若い夫婦の家である。夜中、夫婦のひそひそ話が聞こえてきたそうだ。「兵隊にとられて弾よけにされる。上岡さんは可哀想に」。事実、正義さんが受けたのは敵艦への特攻訓練ばかり。ところが8月6日、広島方向にすさまじい爆発を見る。終戦となり帰郷する途中、広島を通ると一面がれきの原。若夫婦と子どもも一瞬にして消えてしまったことを後から知る

 ▼6日の広島、きょうの長崎と、ことしも原爆慰霊の日が巡ってきた。その日、被爆地となる両地域でほとんどの人は、いつもと全く変わらぬ日常を生きていたのである。若夫婦と子どももそうだったに違いない。市民らが差し迫った危機に気付けるはずもなかった。「原爆忌いまも思ひはとどかざる」内野光子。日本が世界で唯一の被爆国になってことしで73年。残念なことに地球上から核兵器が無くなる気配は少しもない。むしろ核保有国たらんと野心を燃やす国が後を絶たないのが現実である。北朝鮮の非核化もまるで進展がない

 ▼ただ、この不条理にひるんではいられない。正義さんをはじめ多くの人が残した惨禍の記録と記憶を、世の人々に伝え続けるのが日本の使命だろう。果てしもなく砂をかむような戦いだが、道半ばで投げ出すわけにはいかない。


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