コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 100

漂流

2021年05月07日 09時00分

 吉村昭は長編小説『漂流』(新潮文庫)で、江戸天明の時代に実際あった海難事故のいきさつを克明に描いた。米を運ぶ土佐の船乗りたちがしけにもてあそばれた揚げ句、黒潮に乗って絶海の孤島に流されてしまうのである

 ▼「波頭を立てて大波が次々と押し寄せてくる。船は、舳を突き立てて波のうねりの上にのし上がると、次には海中にのめりこむように波の谷間に降下する」。できるのは右往左往することだけ。嵐が時々収まるのもたちが悪い。皆その都度、もう大丈夫かと期待を抱くが、風雨はまたぶり返す。それを何度も繰り返すうちに船は完膚なきまでに破壊され、希望も消えていった。新型コロナ感染拡大防止のための営業制限に翻弄(ほんろう)される方々も今、同じ思いでいるのでないか

 ▼大きな波が来ると緊急事態宣言やまん延防止等重点措置で休業や時短営業を余儀なくされ、波が落ち着いて〝さあ挽回するぞ〟と意気込んでも再び波が来て元の木阿弥。経営計画も何もあったものではない。帝国データバンクと東京商工リサーチは共に、ことし4月30日時点でのコロナ関連倒産が1400件以上に上ると発表している。既に多過ぎるくらいだが、本当に危ないのは金融機関からの借入金返済据え置き期間1年の期限が過ぎるこれからとの説も聞く

 ▼政府と自治体は営業制限で収入を断たれた人を、しけの中に放り込んだまま見殺しにしてはいけない。宣言や措置の合理的運用、手厚い支援で難破する会社を出さないよう最大の努力をすべきだろう。うまくかじを取らねば日本が漂流する。


高知に廣井勇博士の銅像

2021年05月01日 09時00分

 貧しくて就学できない若者たちのための遠友夜学校創立や『武士道』の著書などで知られる新渡戸稲造でも、若いころは人物の評価を間違うことがあったらしい

 ▼新渡戸は傑出した人物の多い札幌農学校の二期生だが、同期の廣井勇をじっくりと観察した上で、「高尚な言葉や大言を好む」と見て「ズル」「ズルッコ」と呼んだという。『ボーイズ・ビー・アンビシャス 米欧留学編』(二宮尊徳の会)に教えられた。日本の土木技術の礎を築いた廣井はもちろんそんな男ではない。金がかかる会合に出ず、粗末な服装で過ごし、友人に守銭奴と言われながら資金を貯め、二期生の中で一番早く米国留学を実現した。一日も早く欧米の進んだ技術を習得したいと熱望していたのだ

 ▼廣井は米国で修行した後、ドイツでも学ぶ。有言実行ならぬ大言実行を知った新渡戸は「彼は気高い奴です」と評価を改め、「ズル」というあだ名も使わなくなったそうだ。実際、生涯懸けて国民に無私の貢献をした人だったのである。高知の建設関係者有志でつくる「廣井勇を顕彰する会」が先月、出生地の佐川町に廣井博士の銅像を建立したのを本紙4月15日付で知った。同じ二期生でも新渡戸や内村鑑三と比べ功績があまり知られていないのを残念に思い、計画を進めていたという

 ▼札幌農学校教授時代の1890年に造った今も現役の小樽港北防波堤をはじめ、国中に博士の仕事が残る。最も大きな成果は教育者としてインフラを支える多くの優れた技術者を育てたことだろう。高知に行った折にはぜひ銅像を訪ねてみたい。


旭川の女子中生死亡事件

2021年04月30日 09時00分

 江戸時代後期の経世家、二宮尊徳が自ら実務思想を語った『二宮翁夜話』(PHP研究所)に、風俗の悪い村を仁義の村に改心させる方法を説いた一節がある

 ▼二宮翁はまず悪い村は「貧しさを恥としない」と喝破。その上で、恥がないと「租税を納めないことも、借財を返さないことも、労役を怠ることも、質に入れることも、暴言を吐くことも恥じない」。そうして法は破られ、悪行が横行していくのだと教えた。これを変えるには筋道を逆にしなさいと翁は諭す。村が豊かになり、貧しさは恥だとの心が生じれば自然と正義心も生まれ、法も道義も守られるようになるというのだ。今、いじめ問題で揺れる旭川市の中学校と市教委も「貧しさを恥としない」過ちに陥っていたのでないか

 ▼市内の公園でことし3月、中学2年の女子生徒が凍死していた事件で、女子生徒が集団によるいじめに苦しんでいたのに学校と市教委は訴えに耳を貸さず、事を荒立てずに流そうとしていた事実が明らかになったのである。事件を伝えた「週刊文春」によると女子生徒はおととし、裸の画像をSNSで拡散されたり、川に飛び込むまで追い込まれたりしていた。もはやいじめでなく犯罪だ

 ▼母親の訴えに学校は、「いじめはない」の一点張り。市教委も動かなかった。報道を受け、市教委はようやく「重大事態」に認定。5月から調査に乗り出すという。学校と市教委は女子生徒を救わなかったばかりか、「心の貧しさを恥としない」振る舞いを黙認したことで加害生徒が改心する貴重な機会も奪った。幾重にも罪深い。


トヨタ自動車の戦略

2021年04月28日 09時00分

 脱炭素化、SDGs、デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進―。今はそんな難しい言葉が企業の成長を左右する時代らしい。しかも流れに任せていれば何とかなると、のんびり構えていてはいけないようだ

 ▼「成長は自動的には起こらない。事業の成功によって、自動的にもたらされるものではない」。経営学者P・F・ドラッカーも『マネジメント 基本と原則』(ダイヤモンド社)にそう記していた。ではどうすればいいのか。「成長には戦略が必要である。準備が必要である。なりたいと思うことに焦点を合わせた行動が必要である」。目標を定め、自らを変えてゆけとの教えだろう。最近のトヨタ自動車はそれを実践しているように見える

 ▼未来都市「ウーブン・シティ」の建設やソフトウェアエンジニアの大幅採用増は既に話題になった。今度は「水素エンジン」の技術開発に取り組むそうだ。カローラスポーツベースの競技車に水素エンジンを積み、来月の24時間レースに投入するという。今までも燃料電池車「MIRAI」で水素は利用していたが、内燃機関で直接水素を使う技術を確立できれば国際競争の大きな武器になる。既存技術を生かせる上、高コストで耐用年数も短い電池を搭載せずに済むためだ

 ▼水素も太陽光発電で製造する「福島水素エネルギー研究フィールド」から調達。福島の復興にも一石を投じる。車の脱炭素化は世界的にEV先行で進んでいるが、エンジンが成功し市場の支持を得られるなら逆転も夢ではない。その準備を怠らない姿勢にトヨタの底力を見た。


路上飲み

2021年04月27日 09時00分

 米ハリウッド映画の中でもギャング、マフィア映画は独特の存在感を放っている。人気は高く、名作も多い。最も有名なのはフランシス・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』(1972年)だろうか。タイトルが作品を離れ、いまだ一人歩きしているくらいである

 ▼マフィア映画で描かれるのはファミリーの盛衰や血で血を洗う勢力争い、警察組織との激突といった物語。背景にあるのは麻薬取り締まりと禁酒法だ。禁酒法時代のシカゴが舞台のブライアン・デ・パルマ監督『アンタッチャブル』(87年)も面白かった。アル・カポネと捜査官の手に汗を握る攻防が記憶に残る。それはそれとして、この種の映画を見ていつも思うのは、人は禁止されると闇でも何でも酒を飲もうとする事実だ

 ▼まさか現代の日本でそれと似た現象が起こるとは思わなかった。新型コロナのまん延防止措置や緊急事態宣言で飲食店の営業自粛、酒類提供の停止が実施された結果、東京や大阪では路上で酒を飲む人が増えたのだとか。仕事終わりで同僚や友だちと一杯やりたくても酒を飲める店はどこにもない。勢い「じゃあここで」と路上に腰を据える流れとなる。酒好きの一人としては気持ちが分からないでもないが、感染拡大防止の観点からも街の安全の面からも褒められた行為ではない

 ▼ただ禁酒法に無理があったように、宣言発令の効果に確かな裏付けがないことも人々が羽目を外す一因となっていよう。コロナとの付き合いはまだ続く。問答無用の締め付けが続けば闇酒場ならぬ路上酒場に人があふれるだけでないか。


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