吉村昭は長編小説『漂流』(新潮文庫)で、江戸天明の時代に実際あった海難事故のいきさつを克明に描いた。米を運ぶ土佐の船乗りたちがしけにもてあそばれた揚げ句、黒潮に乗って絶海の孤島に流されてしまうのである
▼「波頭を立てて大波が次々と押し寄せてくる。船は、舳を突き立てて波のうねりの上にのし上がると、次には海中にのめりこむように波の谷間に降下する」。できるのは右往左往することだけ。嵐が時々収まるのもたちが悪い。皆その都度、もう大丈夫かと期待を抱くが、風雨はまたぶり返す。それを何度も繰り返すうちに船は完膚なきまでに破壊され、希望も消えていった。新型コロナ感染拡大防止のための営業制限に翻弄(ほんろう)される方々も今、同じ思いでいるのでないか
▼大きな波が来ると緊急事態宣言やまん延防止等重点措置で休業や時短営業を余儀なくされ、波が落ち着いて〝さあ挽回するぞ〟と意気込んでも再び波が来て元の木阿弥。経営計画も何もあったものではない。帝国データバンクと東京商工リサーチは共に、ことし4月30日時点でのコロナ関連倒産が1400件以上に上ると発表している。既に多過ぎるくらいだが、本当に危ないのは金融機関からの借入金返済据え置き期間1年の期限が過ぎるこれからとの説も聞く
▼政府と自治体は営業制限で収入を断たれた人を、しけの中に放り込んだまま見殺しにしてはいけない。宣言や措置の合理的運用、手厚い支援で難破する会社を出さないよう最大の努力をすべきだろう。うまくかじを取らねば日本が漂流する。