コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 110

ゆがんだジャーナリズム

2021年02月17日 09時00分

 幅広い学識から知の巨人とも称されるイタリアの小説家ウンベルト・エーコがこの世を去ったのは2016年のことである。どうしても書き残しておきたかったのだろうか。同年に発表した最後の長編小説『ヌメロ・ゼロ』(河出書房新社)でエーコが選んだテーマは現代のゆがんだジャーナリズムだった

 ▼物語の舞台は新聞社。日刊紙を創刊するために記者が集められる。闇に葬られた真実を暴くという触れ込みだ。ところがどこかおかしい。新聞の方向を決める会議で編集者がこんな話をする。「ニュースが新聞をつくるのではなく、新聞がニュースをつくるのだ」。つまり本当に言いたいことは「我々がニュースをつくり、ニュースにならせるのだ」

 ▼葬られたどころか何もないところから読者が喜ぶ〝真実〟を引っ張り出せというのである。それを思い出したのは新聞やテレビなどマスメディアが、森喜朗元首相を総掛かりで糾弾しているのを見て恐ろしさを覚えたからである。度を超しているのでないか。発端は3日のJOC臨時評議員会での森氏の発言である。確かに女性に対し配慮を欠いていた。ただ『日刊スポーツ』ウェブ版に載った全40分の発言を読んでも、マスメディアが叫ぶ世界に恥ずべき女性差別主義者の像は浮かんでこない

 ▼森氏は謝罪したが人格攻撃は止まず、家族まで追い回されていると聞く。ここまでくるといじめと同じ。先の編集者は語る。「他者の不幸を見て得られる喜び。新聞は、こういう感情を尊重しかつ掻き立てるべきなのだ」。マスメディアはこれを一蹴できるか。


福島県沖地震

2021年02月16日 09時00分

 どこまでも深く長く潜航できる仮想の潜水艇に乗り、深海伝いに世界を一周したとするとどんな光景に出会えるのか。海洋地質学者の藤岡換太郎氏は、著書『見えない絶景 深海巨大地形』(講談社)でそれを詳細に描いてみせた。氏は本物の潜水調査船「しんかい6500」に乗り、現実に50回を超える調査に参加している

 ▼中でも日本列島の東側に横たわる、南北約800㎞の日本海溝を紹介する部分が興味深い。海溝には大きな海底谷が付きものだが、日本海溝にはそれが見られないというのである。斜面崩壊によって発生した土石流が谷を埋め尽くしているのだそうだ。つまりここでは地震が常態化しているのである

 ▼13日午後11時過ぎに起こった福島県沖を震源とする地震も例外ではない。太平洋プレートと陸側のプレートが常にせめぎ合いを続けているうえ、10年前の東日本大震災で増したひずみが一触即発の状態を招いている。対立するギャング同士が常に口火を切る機会を狙っているようなものだ。福島県と宮城県で最大震度6強と聞いて寒気がした。多くの人が、東北沿岸部を飲み込んだ10年前のあの津波の記憶をよみがえらせたに違いない。現地の方々の恐怖はどれほどだったか

 ▼政府の地震調査委員会はきのう、「偶然に幸いしてそれほど大きな津波が出なかった」と条件が少し違えば大きな津波になっていた事実を明らかにした。死者こそ出なかったものの今回も経済的被害は甚大だ。残念ながらそれが地震の巣の日本海溝と隣り合って暮らす国の現実だろう。しばらくは気が抜けない。


ポール・マデン駐日英国大使

2021年02月13日 09時00分

 外国人でありながら日本の文化や習俗をこよなく愛し、世界にそれを発信してくれる人がいる。最も有名なのは記者で作家のラフカディオ・ハーンだろう。日本に帰化し小泉八雲と改名までした人である

 ▼来日後最初に発表した『知られぬ日本の面影』(1894年)のはしがきにハーンはこう記していた。「日本人の生活のあのたぐいまれなる美しさ、世界の諸他国のそれとはおよそ趣を異にしているあの美しさ」。浮世離れした文化でなく、庶民の暮らしやそのたたずまいに感銘を受けていたらしい。「ヨーロッパかぶれのした上層階級」より一般大衆の方が「国民的美徳を代表している」と指摘していた。いろいろな国を見ている外国人は、他国の優れた点を見つけやすい

 ▼4年の任期を終え、今月末に離任するポール・マデン駐日英国大使もその一人。日本との付き合いは40年にも上るという。今のうちに日本へ感謝の意を伝えたいと先月中旬から、ツイッターで「#日本の39」と題する投稿を続けている。筆者も楽しく見ていた。すでに「#30」まできている。中から幾つか紹介したい。「11温泉。長いハイキングの後、星空の下、露天風呂に浸かる幸せ」、「16祭。日本の全ての地域にはお祭りがあるようです。日本の豊かな文化」

 ▼「18居酒屋。ビール、枝豆、空揚げ、餃子、揚げ出し豆腐、日本の友人たち。すなわち、天国」。他にもお米、渋谷スクランブル交差点、鳥居など。いずれも見慣れた風景ばかり。それの当たり前にあることが実はどれだけ幸せか。われわれも言われて初めて気付く。


スマホの弊害

2021年02月12日 09時00分

 街中で立ち止まっている人を見ると、たいていスマートフォンの画面を眺めているか指で文字を打っている。電車の中も似たようなもの。世の中の人が皆、スマホを手から放すと悪いことが起こると信じているようにさえ見える

 ▼フェイスブックやインスタグラム、ツイッター、ユーチューブといったSNSに音楽、ニュース、調べ物まで。求めるものがほぼこの小さな機械で見つけられるのだからそれも当たり前か。コロナ禍でその傾向はさらに強まった観がある。特に若者はもともとスマホと親和性が高かったため、より影響が大きいようだ。3密回避のため授業や仕事がリモート化し、家にいる時間が増えたためだろう。一日中スマホを離さないわが子を心配する親御さんも多いのでないか

 ▼スマホの長時間使用に警鐘を鳴らす話題の書『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン、新潮新書)が売れているのもそんな事情からに違いない。筆者も読んでみたが、心の病、IQの低下、依存など気になる言葉が並ぶ。内容は多岐にわたるが、要するにスマホは近くにあるだけで人から集中力を奪い、精神的不調を増やすというのである。常にスマホを気にしている状態が脳の中枢に負荷を掛けるためだという。著者はスウェーデンの精神科医として多くの例を見てきたそうだ

 ▼この論考の正確性を判断するには時間が必要だが、自分の経験から納得できる点も少なくなかった。実際、スマホに操られているかのような今の世の中を見渡せば、しばし歩調を緩めて付き合い方を見直した方がいいような気もしてくる。


日本画の偽版画

2021年02月10日 09時00分

 一獲千金の話を見つけると、悪知恵を働かせて金もうけにまい進するのが「両さん」こと両津勘吉巡査長の特徴である。秋本治さんのギャグ漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(集英社)の主人公なのはご存じの通り

 ▼「アニメ現代事情の巻」では人気アニメの原画セルが高値で売れることに目を付けた。すぐに知り合いのアニメ制作会社へ行き、若手のアニメーターに偽の原画を描いてくれと頼み込むのである。こういった分野ではプロ並みの技術を持つ両さんだ。専用の機械で原画から数十枚のセルを作り、自分で彩色までしてアニメフェア会場に持ち込み売りさばこうとする。大阪府の画商が日本画の巨匠の偽版画を大量に販売していたとの報を聞き、その一編を思い出した

 ▼明るみに出た偽版画は平山郁夫や東山魁夷、片岡球子ら一般にもよく名の知られた画家の作品ばかり。人気が高く引き合いも多いことに目を付けた画商が、ひともうけしようと知り合いの奈良の工房に頼んで作らせていたらしい。既に警視庁が捜査を始めている。工房は8年前から約800枚の偽版画を刷ったと話しているそうだ。本物なら1枚数十万から数百万円で取引されるというから画商もずいぶんと荒稼ぎをしたものである。素人に真偽の見極めは難しかろう

 ▼ところで先の漫画で両さんの偽セル画は、知識豊富で目も肥えた子どもたちにたやすく見破られてしまう。今回の偽版画も流通量が多過ぎることに関係者が気付き、調べてみると色合いやサインにわずかな違いがあったという。やはり目利きはごまかせない。


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