コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 98

子どもの自殺

2021年05月24日 09時00分

 急な用事で札幌から日高山脈の峠を越え、道東のとある所へ行ってきた。本道に緊急事態宣言が発令される少し前の話である。そこの住宅街に小さな商店があり、表に一枚の紙が張られていた。見るともなしに見ると、こんな内容だ

 ▼「安心してお買い物をしていただくため、この管内以外の方の入店はお断りしております。ご理解のほどお願い致します」。こういうことがあるのは知っていたが、初めて見て驚いた。だからといって腹が立ったわけではない。新型コロナウイルスが入り込む隙が少しでもあるなら、ふさいでおきたいと思うのが人情だろう。それだけ不安や恐れに駆られているのだ。これだけ感染拡大が続くと、いつどこで自分が当事者になるか分からない

 ▼ただ、人と人との温かい交流を阻むこの不安や恐れも、コロナと同じかそれ以上に社会を破壊している実態が明らかになってきた。文部科学省によると、昨年1年間の子どもの自殺者は499人に上り、前年に比べ100人も増えたという。過去最多だそうだ。小、中学生、高校生いずれも増加傾向にあるが、中でも高校生女子は60人増と突出。学業や進路の悩み、親との不和、うつ病に苦しむ子どもが多い。コロナを避けるため外の世界と断たれた生活が、逆に子どもたちを追い込んでいるようだ

 ▼宣言下にある今、人々の心は不安と恐れでますます縮こまっていよう。「〈いっせいに夜明け〉という日はないものかいつも誰かが泣いてるようで」干場しおり。夜明けが訪れるまで、せめて子どもたちへの目配りだけは忘れずにいたい。


6000万円の寄付

2021年05月21日 09時00分

 深い人間考察で知られる小説家の司馬遼太郎は調べものをしているとき、歴史に名を残した有名な人物ではないのに、妙に気になる人物に遭遇することが時々あったという。エッセー「無名の人」(1972年)に記している

 ▼「舞台の上手から下手へすっと一度だけ通り過ぎてしまうだけの人に出くわして、この人物はいったいどういう人なのだろうと、ひどく気になったりする」。芝居に例え、そう説明していた。それを思い出したのは、横須賀市であった驚きの出来事を聞いたからである。ここにも「無名の人」が現れたのだ。17日、一人の高齢男性が市役所を訪れ、職員にリュックサックを渡し立ち去った。中を確認すると6000万円の現金。「何かに役立ててほしい」と書かれた手紙が添えられていたそうだ

 ▼NHKニュースによると男性は70、80歳代で、「これを市長に渡したい」「名前や住所は明かしたくない」とだけ語ったらしい。手紙には「小学1年のころから貯めたお金」との記述もあった。まさに「上手から下手へすっと一度だけ通りすぎて」といった風だ。司馬さんならずとも気になる人物だろう。上地克明市長はSNSに「お気持ちに感極まり、涙が止まらなかった」と記し、「暗い世相の中、情けの有り難さを深く感じ」たと感謝していた。市は寄付として扱うことにしたという

 ▼司馬さんが先の一文で取り上げた無名の人は、明治維新後の日本を背負って立つ人物の一人がまだ若かったころ、死の淵から救った医者である。そこには高潔な人生があった。おそらくかの男性にも


大規模接種とメディア

2021年05月20日 09時00分

 本紙の読者なら、道路啓開という作業があるのをご存じのはず。地震や水害といった大規模自然災害が発生したとき、緊急車両などが通行できるようざっくりと道を開け、救援ルートを確保することである

 ▼1分1秒の遅れが被災者の命を左右するため、とにかくスピード優先。最低限のがれき除去処理と簡易な段差修正のみで、車両が行き来できるだけの環境を整えるのだ。おかげでどれだけ多くの命が救われたか。この作業を見て、「どうして舗装しない、路盤整正くらいしろ」と文句をつける人はいないだろう。非常時には自ずと優先順位が変わる。のんきに舗装している間に命が失われては元も子もない

 ▼防衛省が17日に始めた新型コロナウイルスワクチン大規模接種の予約システムを巡る出来事も、これと同じに見える。毎日新聞と朝日新聞系列の「AERA dot. 」が不正な方法で予約を実行し、システムに欠陥があると報じたのである。道路を舗装しないまま始めるのはけしからんというわけだ。システムに甘さがあったのは間違いない。架空の番号でも予約可能な点である。ただ通常の手続きで支障が出る部分ではない。今は多くの命を守るため突貫作業でも接種を急ぐ方が優先だ。メディアが不正予約の手順を事細かに伝えるのは、いたずらを助長する行為でないか

 ▼防衛省はこの報道に抗議したようだが、毎日新聞は公益性があったと反論。立憲民主党の枝野代表も不正予約報道に感謝すべきと擁護した。日本が大規模災害の真っただ中で苦しんでいる現実を忘れているとしか思えない。


アスベスト訴訟

2021年05月19日 09時00分

  使い古された手法なのに、サスペンスドラマなどでいまだ採用され続ける筋書きがある。またかと思いながらも、見ているとつい引き込まれてしまう。時限爆弾を仕掛けた犯人と警察との頭脳戦である

 ▼ある所に時限爆弾を隠した、と犯人から挑戦状が届く。爆発は12時間後だ。警察は発見に手を尽くすが一向に見つからない。時間は無情に過ぎてゆく。万策尽き果てたとき、突然のひらめきで現場が判明。急行する。どうなるか大方分かっているとはいえ、残り時間がなくなってくるとハラハラせずにはいられない。切迫した状況が緊張感を生むのだ。これはドラマだからいいが、実際わが身に時限爆弾を抱えて生きるとなればどれだけつらいことか。アスベスト被害の件である

 ▼数十年に及ぶ例もある潜伏期間の後に肺がんや中皮腫を発症するため〝静かな時限爆弾〟と呼ばれる。建設現場でアスベストを吸い病気になった人らが国と建材メーカーに損害賠償を求めた集団訴訟で17日、最高裁が初判断を示した。「国が対策を怠ったのは違法」と賠償責任を認めたのである。1975年に規制が強化されたのに、2004年まで使用を禁止しなかったのは不合理だと断罪したわけだ。うなずくほかない。爆弾が毎日増えていくのに国は手を尽くさなかった

 ▼今訴訟の原告は1200人だが、残念なことに今後も確実に患者は増え続ける。判決を受け、国は1人最大1300万円の和解金を支払う方針を固めた。他の被害者にも同水準の給付金を支給するという。時間切れにならぬよう救済を急いでもらいたい。


ため池に潜む危険

2021年05月18日 09時00分

 物理学者の寺田寅彦は40代の一時期、油絵に凝っていた。病で寝ているのに飽き、以前かじった絵を再開したのである。最初は家で描いていたが、具合が上向くと写生に出掛けた

 ▼随筆にその風景が残る。「絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて廃墟のみぎわの花すすきは黄金の色に染められた。そこに堆積した土塊のようなものはよく見るとみな石炭であった。ため池の岸には子供が二三人釣りをたれていた」。夕暮れころのゆっくりと流れる時間まで見えるような一文である。この随筆「写生紀行」の発表は1922(大正11)年。ため池は当時も子どもたちの格好の遊び場になっていたようだ。とはいえ一見、楽しい水場に思えるこのため池、落ちて命を落とす人が昔から少なくない

 ▼暖かくなり、また事故が増える季節になってきたらしい。今月9日に香川県丸亀市のため池で釣りに来ていた小1の男の子と33歳の父親が溺れて亡くなった。なぜあの程度の池でと疑問に感じている人もいるのでないか。先の事故を受け、水難学会の斎藤秀俊会長が「YouTube」でその危険性を説明していた。池の斜面角度は30度弱で陸上を歩く分には問題ない。ところが足が水の中に入った途端、泥や藻で滑って一気に深みにはまるそうだ

 ▼はい上がろうとしても、つるつるで岸までのわずか数十cmが進めない。泳ぎのうまさは関係ないのだ。本道にも多くのため池がある。まず近付かないことだが、もし誰かが落ちても助けようと安易に飛び込んではいけない。ロープで引き上げるか、救助を呼ぶかである。


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