コラム「透視図」

イエスタデイ

2016年06月29日 09時10分

 ▼英国の伝説的ロックバンド「ザ・ビートルズ」が初来日してから、きょうでちょうど50年になるそうだ。法被を着て飛行機のタラップを降りてくる映像をご記憶の人もいよう。「ラブ・ミー・ドゥ」「レット・イット・ビー」「イエスタデイ」。ファンでなくともいつの間にか多くの曲を覚えている。伝説と呼ばれるゆえんだろう。活動していたのが1960年代の10年ほどだったというのが信じられない。

 ▼日本と同様、英国で当時ビートルズに熱狂した世代も今や中高年である。今回のEUをめぐる国民投票で離脱派が多かったのもその中高年だったそうだ。古き良き英国よ再び、ということらしい。一つの欧州に将来の可能性を見る若者とは好対照だったと聞く。もしかすると中高年の頭の中では「マジカル・ミステリー・ツアー」の曲が鳴り響いていたのかもしれない。下手な訳はお許し願いたいがこんな詞である。「おいでよミステリー・ツアーに/欲しいものは全部ここにあるよ」

 ▼ところが勝ったはずの離脱派の間で早くも失望が広がっているとのこと。あるはずのものが実はなかったのである。離脱を呼び掛けた政治家たちが相次いで前言を翻しているのだとか。例えば「離脱で浮いた負担金を国民保険に」は「言った覚えがない」、「移民を抑制できる」は「ある程度という話だ」という具合。政治家はいずこも同じ。参院選が迫る日本も人ごとでない。ともあれ今、そんな離脱派が口ずさむのはたぶん「イエスタデイ」。「ああ、きのうまでは良かったのに」


仮想発電所

2016年06月28日 09時17分

 ▼バーチャルリアリティ(VR、仮想現実)技術に詳しい同僚に先日、最新機器を体験させてもらったのだが、その臨場感に少なからず圧倒された。大きなスキーゴーグルのような装置を着けて目の前の映像を見ると、自分が別の世界のただ中にいるようなのである。高い所に立てば目がくらむし、物が飛んで来ればよけずにはいられない。頭をぐるりとめぐらすと風景は360度切れ目なくつながっていた。

 ▼そんな仮想現実を体験できるVR装置も安価になり、だいぶ普及してきたらしい。昨今は「仮想」がはやっているようだ。他にも仮想通貨や仮想アイドルといった言葉もよく耳にする。それぞれビットコイン、初音ミクが有名だが、当方のように「かそう」と聞いてまず「仮装」が思い浮かぶ頭ではなかなか理解も追い付かない。ところが最近は「仮想発電所」なるものまで出てきていよいよ戸惑っている。電気は力を発生させる実体的なエネルギー。それがなぜ「仮想」になるのか。

 ▼なんでも電力網上に散在する太陽光や風力発電、蓄電池をIoT(モノのインターネット)で統合し、需要制御とも組み合わせて一つの発電所のように機能させるそうだ。多様な電源で必要な分だけ電気を作り、急に発電量が減れば需要側の使用を抑えるなどして調整するわけ。出力を細かく増減できないのが現在の発電所の悩みだが、この仕組みなら将来は電気も量販店並みの在庫管理を実現できるかもしれない。大きなビジネスチャンスも生まれよう。仮想で終わらなければだが。


英国EU離脱

2016年06月27日 09時04分

 ▼イソップ物語には「ウサギとカメ」や「北風と太陽」などいろいろな話がある。誰もが記憶の引き出しに幾つか話をしまっていよう。その中に「カエルと井戸」はあるだろうか。こんな話である。一緒に暮らす2匹のカエルがいた。暑い夏に沼地が乾いたため新天地を求めて旅に出たそうだ。探し歩いているうち1匹のカエルが深い井戸を見つけた。「冷たくて気持ちよさそう。飛び込んでここに住もうか」

 ▼もう1匹のカエルは少し賢かったらしい。その問い掛けにこう答えたのである。「そんなに慌てるな。もしこの井戸があの沼地のように乾いてしまったらどうやって出るんだ」。行動を起こす前にもう一度熟考すべきことを教えるが、英国は今回、この賢いカエルより1匹目のカエルの考え方を選んだようだ。欧州連合(EU)離脱か残留かをめぐって国を2分する戦いを繰り広げた国民投票は、僅差だが離脱派の勝利で終わった。大方の予想を覆す結果に、驚いた人も多かったろう。

 ▼きのうはポンド売りのあおりを受けて円高が進み、日経平均株価も一時下げ幅が1300円を超えた。ただ最も衝撃を受けているのは当のEUだろう。こうなると先の伊勢志摩サミットで安倍首相が世界経済の現状について語った「リーマンショック前に似ている」の言葉が、何やら予言めいて思い出される。それにしてもこれほど英国内で移民制限と雇用難、反EUの声が強くなっていたとは。英国は重大な岐路に立った。さて飛び込んだ井戸は快適か、それとも乾いた不毛の地か。


沖縄慰霊の日

2016年06月24日 09時17分

 ▼47都道府県の中で片や北東の端、片や南西の際と最も距離が離れている地域なのだが、北海道と沖縄には共通点がある。それは何か。聞けばほとんどの人が「確かにそう」とうなずくだろう。答えは地元愛が並外れて強いこと。『週刊ダイヤモンド』がことし3月26日号で、ブランド総合研究所がまとめた「都道府県出身者による郷土愛ランキング」を紹介していた。それを見て再認識させられたのである。

 ▼「愛着度」の指標で北海道が1位、沖縄が2位だった。実際、就職や進学では地元志向が強く表れるとの話を周りでもよく聞く。沖縄もきっと同じだろう。きのうは住民の4人に1人が亡くなったといわれる太平洋戦争末期の沖縄戦から71年目の「慰霊の日」。平和祈念公園で行われた戦没者追悼式をニュースで見ながら、人も古里も徹底的に破壊された沖縄の悲しみを思うとともに、それを乗り越えてなお変わらぬ郷土愛を抱き続けている人々に少なからず感銘を受けたわけなのだ。

 ▼戦後も占領、米軍駐留と過酷だった。郷土愛を失わなかったのは北海道同様、おおらかさを育む土地柄故だろう。ただ基地問題に関しては日本人の多くがそのおおらかさに甘えていたのでないか。夏目漱石は『道草』に「一遍起こった事は何時までも続くのさ。ただ色々の形に変わるから他にも自分にも解らなくなる」と書いた。沖縄にとって基地は戦争や占領が形を変えたもの。沖縄の郷土愛が、多くのしかばねをも包み込んだものであることを忘れては、問題の解決などできない。


無差別殺人

2016年06月23日 09時17分

 ▼ニュースを見て、「またか」と嘆息した人も少なくなかったろう。「イオンモール釧路昭和」で21日起こった無差別殺人である。阿寒町の33歳の男が突然女性客らを切りつけたという。68歳の女性一人が刺されて死亡し、やはり女性ばかり3人が重軽傷を負ったそうだ。不幸にもその場に居合わせ、巻き込まれてしまった被害者のショックはいかばかりか。痛ましいことだが、この種の事件が後を絶たない。

 ▼容疑者の男には自分の人生を終わりにしたい願望があり、「人を殺して死刑になりたかった」旨の供述をしているらしい。事実とすれば身勝手極まる。「どんよりとくもれる空を見てゐしに人を殺したくなりにけるかな」(石川啄木)。生きていれば、ふとそんな気持ちにとらわれることもあろう。ただ、そこであらためて命の尊さに気付くのが当たり前の人間の姿である。悩みがあったとも伝えられるが、包丁を準備し商業施設で女性ばかりを襲う計算高さには卑劣さしか感じない。

 ▼思い出すのは東京の秋葉原で2008年、当時26歳だった犯人が7人の命を奪い、10人に重軽傷を与えた無差別殺傷事件である。共通するのは自分の中の空虚を、他の誰かの命で埋めようとする悪質で危険な態度だろう。わがままな破壊欲求をくい止めるすべは何かないものか。これも啄木だが、詩「拳」から一節を引く。「やり場にこまる拳をもて、お前は誰を打つか。友をか、おのれをか、それとも又罪のない傍らの柱をか」。他の誰でもない。打っていいのは「おのれ」だけだ。


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