コラム「透視図」

手書き漢字

2016年02月16日 08時51分

 ▼文章をパソコンなどのキーボードで打つようになってから、手書きでは漢字を書けなくなった、と自覚している人は多いようだ。人ごとでないのだが、大体の形は分かるものの、実際に書いてみると記憶が曖昧なことに気付く。あれ、どうだったか…。内心、焦りを感じることもしばしばである。便利さに甘えて、脳が楽を覚えてしまったのだろう。とはいえこれからは全て手書きでというわけにもいかぬ。

 ▼日頃そんなことを考えているからか、10日付読売新聞記事に目が留まった。文化審議会漢字小委員会が、手書きの漢字は細かな違いを許容するとの指針案をまとめたというのだ。例えば「天」の上の横線は下の横線より短くて良いし、「木」の縦線はとめてもはねても、また「矢」の右下はとめてもはらっても、正しいという具合。小学生のころ、「とめはね」に苦労していたことを懐かしく思い出すが、今どき重箱の隅をつつくような指導は漢字離れを進めるだけということだろう。

 ▼指針は必要以上細部にこだわるのをやめ、親しく使える方向を示すとのこと。ただ、漢字は細部にも意味があると反論する人もいよう。詩人大岡信も1975年の随筆「漢字とかなのこと」にこう書いていた。「『道德』の『德』から一本棒が抜け落ちて戦後の『道徳』ができた。それをやった文部省が、あらたに道徳教育の必要を説いている」。字を損傷すると日本人の感性も傷を負うというのである。いろいろ意見はあるものだ。ともあれ、目下の難題は漢字を忘れないことだが。


重力波初観測

2016年02月13日 08時50分

 ▼米カリフォルニア工科大などの研究チームが11日に、これまで理論的にしか分かっていなかった重力波を初めて観測したと発表した。アインシュタインが存在を予言していたものの、実際に観測できたことはなかったらしい。歴史的快挙とのことだが、素人故の悲しさで理解は追い付かない。ただ、これで宇宙の起源に迫るデータが直接手に入るかもしれないと聞けば、宇宙少年ならずとも少々胸が高鳴る。

 ▼星夜の風情を楽しむのなら、「冬銀河声聴くために眼を閉じる」(涼木鞠)で十分だが、重力波を観測するには目を閉じるだけではどうにもならない。重力が時空をゆがめる性質を利用し、縦横長さ各4kmの真空パイプが伸びたり縮んだりするのをレーザー光線で検出するという。発表によると、今回観測したのは13億年前に発生した太陽3個分のエネルギーを持つ重力波だそう。これがパイプを1京分の1mm程度伸縮させたというのだから、いやはや通常の人知の及ぶところでない。

 ▼重力波は光速で伝わるというが、悪いニュースも光速に負けず劣らず一瞬で広がり、心を重くする。ことしは年が明けてからまだ1カ月余りだというのに、北朝鮮の水爆実験や軽井沢のスキーバス転落事故、世界中で相次ぐテロ、甘利明氏の金銭授受疑惑、円高株安と、あらゆる方面で暗い出来事が続く。いささか沈んだ気持ちになっていたところだ。そこに宇宙の謎解明の鍵をつかんだ快挙の一報が飛び込んできたのである。久々に心を軽やかにしてくれるのが重力の話になるとは。


株価急落

2016年02月11日 09時00分

 ▼だいぶ以前のことになるが、バンジージャンプを体験したことがある。比較的低い所からのものだったが、気分爽快だったのは飛び降りた最初だけ。大きく上下に揺られているうちに、だんだん気持ちが悪くなってきた。情けない話である。新年早々からバンジージャンプ並みに乱高下していた日経平均株価が10日、とうとう終値で1万6000円を割り込んだ。こちらも気持ち悪くなった人は多いだろう。

 ▼米国、欧州、上海の株式市場も軒並み値を下げる世界同時株安になっているから、下落は日本の国内事情だけが原因でなさそうだ。グローバル経済の世の中である。中国がせきをすれば産油国はじめ多くの国が風邪をひくということか。株価対策というよりインフレ目標達成のためのワクチンだったのだが、日本銀行のマイナス金利策も混乱に拍車を掛けた。「異次元」の金融緩和というくらいだから、一般投資家が理解できないのも当然だが、日銀にとっては思わぬ誤算だったろう。

 ▼9日には日本で初めて、長期金利の指標となる新規発行10年物国債の利回りが一時、マイナスに転じた。民間金融機関が国債を買い進めたためらしい。金利がほぼないのに大量買いとはこれいかに、と疑問に思っていたら、その心は日銀が高値で買い取ってくれるから、なのだとか。何のことはない資金を銀行間でぐるぐる回しているだけのこと。道理で庶民に届かないはずだ。バンジーも株価も揺れているうちはいいが、転落してしまったら大惨事である。さて、政府の次の一手は。


豊浜トンネル

2016年02月10日 08時51分

 ▼詩人中原中也は29歳のとき、まだ幼かった子どもを亡くしている。大変な愛情を注いでいたようで、悲しみは相当に深かったらしい。詩集『在りし日の歌』はその子、文也にささげたものだ。収められた1編の詩「また来ん春…」はこう始まる。「また来ん春と人は云ふ/しかし私は辛いのだ/春が来たつて何になろ/あの子が返って来るぢやない」。暖かな春も、中也の心を浮き立たせてはくれなかった。

 ▼中也に限らず愛する人を突然失うことは、生きながら身を焼かれるようなものではないか。事件や事故の遺族らを見ているとそう思う。岩盤が崩落してトンネルを突き破り、路線バスと乗用車の20人が犠牲になった古平町の豊浜トンネル事故から、きょう10日で20年である。不幸にも朝の通勤通学時間と重なっていたため、子どもたちも多く命を落とした。20年は短い年月でないが、残された家族にとっては時間など無意味だろう。7日には遺族らが慰霊碑の前で法要を営んだそうだ。

 ▼この悲惨な事故はトンネル防災や岩盤崩落対策の転換点になった。全国で緊急点検、崩落対策がなされ、予測技術の開発も進んだ。道路は無事に通れて当たり前とされるが、それを実現するのは容易でない。起こらなかったことは評価されることもないが、豊浜後に注力した防災対策で事故が防がれ、救われた命もあっただろう。「あの子が返って来る」ことはないが、これ以上悲しむ人は増やさない、道路事業に携わる者たちにとっては、そう肝に銘じ続けた20年だったに違いない。


理由は

2016年02月09日 08時46分

 ▼子どもには大人が眉をひそめたくなるような癖が多い。鼻をほじる、汚れた手をズボンで拭く、爪をかむといったことだ。ヨシタケシンスケさんは絵本『りゆうがあります』(PHP研究所)で子どもの言い分を愉快に描いている。鼻をほじる理由はこう。「ぼくのハナのおくにはスイッチがついていて」、押すと頭から「ウキウキビームがでるんだ」。それでみんなを、楽しい気持ちにさせるのだという。

 ▼道に落ちている物を拾って帰るのは、「こわれたうちゅうせんのしゅうりにつかえそうなぶひんを、さがすおてつだいをしているから」という立派な使命があるのだとか。本当にこんな答えが返ってきたら親としては苦笑いするしかなさそうだ。子どもは実際、現実離れした発想で驚かせてくれるから面白い。さてこちらは笑っていられないがどんな理由があったのか。北朝鮮が7日、人工衛星と称して事実上の長距離弾道ミサイルを発射したのだ。先日の水爆実験といい暴走が続く。

 ▼国連安保理を中心に自制を促していたが不発に終わった。金正恩政権は国際社会の非難など全く意に介していないようだ。一連の行動の理由はいつもの脅しだろう。わがままな子どもと同じである。北朝鮮国営放送はミサイル発射を満面の笑みで眺める正恩氏の姿も伝えたという。どうやらこの人の場合、国際社会を挑発するボタンを押す度に「ウキウキビーム」が出るらしい。悪いことにこちらのビームは絵本と違い、楽しい気持ちになるのは本人だけ。民衆は苦しむばかりである。


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