コラム「透視図」

除排雪本番

2016年12月08日 09時40分

 ことしもスーパーの店頭に、箱入りのミカンがうずたかく積まれる時季になった。毎年、冬の到来を実感させられる風景である。静岡、和歌山、愛媛、熊本と、産地を見るだけでおいしい期待に胸が膨らむ

 ▼いろいろ好みはあろうが、ことしはまず地震被害の大きかった熊本のものを、と考える人もいよう。「泣いて笑ってそしてみかんを食べるがいい」中塚唯人。人の集まる場にはいつも必ず山盛りのミカンがある。きのうは旧暦二十四節気の大雪だった。本道はまさしくおとといあたりから大雪の荒れた天気となり、気温も急降下。同じ冬を実感させられるものでも、こちらはだいだい色の甘い果物と違ってあまり楽しいものではない

 ▼こうして冬将軍が本腰を据えたとなれば、建設業者による除排雪もいよいよ本番である。雪国にとって除排雪は、日常生活の命綱ともいえる道路交通の安全運行を確保する重要な役割を持つ。災害時に救援ルートを切り開く道路啓開に、常時態勢で当たっているようなものだ。本紙でも安全大会や出陣式の記事が目立つようになった。記事から幾つかコメントを拾ってみる

 ▼中央区安全管理委員会「市民が大変期待している」山重啓司区土木部長。釧路北部事業協同組合「建設業者としての使命に力を合わせて当たろう」小沢由明理事長。北空知維持事業協同組合「安全第一で市民の生活を確保してほしい」中本博大代表理事。除排雪に携わる関係者は皆、同じ気持ちだろう。春まで長丁場である。風邪など病気に負けぬよう、時にはミカンを食べてビタミン補給も。


安倍首相真珠湾へ

2016年12月07日 09時50分

 雑誌『サンデー毎日』の1942年新年号が手元にある。当然のことながら、実際の年号表記はこの西暦ではない。皇紀2602年、昭和17年と記されている

 ▼太平洋戦争が始まってすぐの年明けに発行されたものだ。中に戦争への思いを詩文でつづった「戦争詞華集」があった。「ああ大詔渙発の日 記憶せよ皇紀二千六百一年十二月八日 聖なる神の御聲 赫たる天の焔は ああ一億の民を導き給ふ」白鳥省吾作。41年12月8日、勝算少ない米国との戦争に踏み出した真珠湾攻撃だったが、作戦を実行に移してみると、日本海軍は米国太平洋艦隊をほぼ壊滅させる予想以上の戦果を上げた。日本中が大いに沸いたのだろう。前掲した詩の勢いがそれを見事に物語っている

 ▼ただ、米国に対する宣戦布告が遅れ、結果的に「だまし討ち」の形になったことで、戦後も日米両国の消えない傷口として残り続けたのはご存じの通り。日米関係がこじれるとよく、「リメンバー・パールハーバー」の声が聞かれたものだ。その傷口を治す良い機会だろう。安倍首相が「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。未来に向けた決意を示したい」と、今月下旬にハワイを訪れ、オバマ米大統領と真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊することにしたそうだ

 ▼再び昔の雑誌から、今度は『アサヒグラフ』44年3月1日号である。「撃て!この鬼畜米国!」の特集の中に、米国では「キル・ユー・ジャップ」があいさつ代わりとの記事。もちろん過去の亡霊だが、それをよみがえらせないよう、憎しみを解消する今の努力がいる。


高速道路での逆走

2016年12月06日 09時56分

 「調布基地を追い越し 山にむかって行けば 黄昏がフロント・グラスを 染めて広がる」。見たこともないのに、聴いていると不思議とその情景が目に浮かぶ。名曲の証しだろう。ユーミンこと松任谷由実さんの『中央フリーウェイ』である

 ▼高速道路は、一般道路と違って信号機や歩行者へのストレスがない。安全に注意しながらも、少し開放的な気分になれるのはそのおかげである。歌になるゆえんでもあろう。ところがそんな高速道路で、おちおちドライブを楽しんでいられない出来事が増えているらしい。「逆走」である。2014年までは年間200件程度で推移していたが、15年は259件と急激に増えた。対向車が同一車線を走ってくるのだから、驚くのも当然だ。ICやJCT付近で迷い込む例が多いと聞く

 ▼国土交通省などの試算によると、逆走による死傷事故は通常に比べて約4倍、死亡事故に限ると約40倍にもなるという。最近は2日に1回の頻度で起こっているのだとか。人ごとではない。正しく走っていた人が巻き込まれて死亡する悲惨な事故も既に発生している。逆走の頻発に何とか歯止めをと、東日本・中日本・西日本の高速道路各社が先月下旬から、「逆走対策技術」の公募を始めたそうだ。道路、運転者、自動車それぞれの側面から問題に迫り、逆走に気付かせたり、発生しても事故に至らせない技術を個人や大学、民間企業に求めるとのこと

 ▼これで有効な対策を見つけられれば、逆走車の心配をすることなく、ユーミンを聴きながら快適なドライブが続けられる。


シリアも冬

2016年12月05日 10時00分

 11月の北海道は暗く寒々として陰鬱(いんうつ)だから嫌い―。そう言ったのは作家の渡辺淳一だが、12月に入っても相変わらずそんな天気が続いている

 ▼昼の暖かさに油断していると、仕事を終えて帰るころには凍えるような風が吹いていて、青空が見えていたと思ったら次の瞬間には雪が降っている。毎度のことながら実にめまぐるしい。まだ寒さに慣れないからだろう、いつも体の芯が温まっていない気がする。どうやら寒さに悩んでいるのは、北国に暮らしている者ばかりではないようだ。内戦状態が長引く中東シリアの人々もこの時期、寒さに苦しめられているのである

 ▼中東の気候といえば照り付ける太陽のイメージばかり強く、まさかと思うかもしれないが、厳冬期は気温が氷点下まで落ち込むほど寒いのだとか。ちなみにきょうの首都ダマスカスの気温は最高こそ16度まで上がるものの、最低は2度に落ち込む予報だ。その後1週間も最高が20度弱、最低が2―3度程度である。寒暖の差が著しい。今、内戦は激しさを増し、住民は食料や医薬品不足に加え、寒さにも苦しめられている。国連事務次長も先頃、激戦地アレッポが住民の「巨大な墓場」になると警告していた。他の地域も同じらしい

 ▼国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はシリアなどで避難生活を送る人々への防寒支援の呼び掛けを始めている。北国の人間なら、防寒具なしに冬の屋外に放り出される怖さは身に染みていよう。国連UNHCR協会のHPからも支援ができる。一度ご覧になってみてはいかがだろう。


北海道150年

2016年12月02日 10時00分

 少し歴史の話にお付き合い願いたい。といってもさほど昔ではなく1869年のことである

 ▼この年、エジプトでスエズ運河が完成した。そのころ列強と称されていた国々の世界戦略を著しく変える出来事だったという。欧州ではドイツ(当時プロイセン)とフランスの紛争が激化し、世界大戦へ向け大きな一里塚を刻んでいた。さらに米国では大陸横断鉄道が開通。資本主義経済の拡大発展に大きく貢献したそうだ。目を身近なところに戻すと、日本は明治2年。戊辰戦争が箱館攻防で終わり、この北の大地に「北海道」の名が与えられた年である。名付け親は松浦武四郎。アイヌ民族がこの地で生まれたものを「カイ」と呼んでいたからだったという

 ▼それから150年目に当たる2018年に道は記念事業を予定しているのだが、きのう、そのロゴマークを決めるインターネット投票を開始した。候補は北海道の形やアイヌ文様などをかたどった3種類。道の特設サイトで見て、投票することができるそうだ。ところでわれわれは150年といって喜んでいるが、北海道には少なくとも5万年くらい前から人が住んでいたらしい。千歳や新十津川で旧石器が見つかっている

 ▼想像ではあるが、言葉はなくともその時代の人々も今と変わらず、喜んだり不満を漏らしたりしながら懸命に生きていたに違いない。こうして石器を作ったり鉄道を通したり、人が日々の営みを続けてこれたのもこの恵み豊かな大地あればこそである。ロゴマークを選びながら、あらためてそのことにも思いをめぐらせたい。


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