松尾芭蕉は弟子の河合曽良と共に奥州と北陸の地を旅し、紀行『おくのほそ道』を書き上げた。山形県新庄市の本合海から最上川船下りを楽しんだときに発した句は、作品の中でも特に有名だろう。「五月雨を集めて早し最上川」である
▼長雨による増水で急流となった最上川を一行の船は勢いよく下っていく。誰しもその情景が自然と目の裏に浮かぶのでないか。少なくとも句の中身にいささかの違和感も感じまい。ただ、この風情が分かるのは日本人だからこそで、世界には理解できない人も多いという。先進国が集まる欧州や北米の川はたいてい大陸をゆったり流れているため、雨が降ってもたやすく急流に変わることなどないからである
▼「みなきわめて暴流にして(略)川といわんよりは寧ろ瀑と称するを充当すべし」。明治政府に招かれ河川改修に当たったオランダ人土木技術者デ・レーケが日本の川を見てそう感想を語ったのもよく知られた話。つまり日本の治水はそれだけ難しいということである。残念ながらその事実を証明する災害になってしまった。宮城、福島両県にまたがる阿武隈川、長野県の千曲川、埼玉県の越辺川―。台風19号の大雨による被害は16日現在、判明しているだけで堤防決壊が7県55河川79カ所、死者は70人を超す
▼他にも土砂崩れ、家屋全半壊、床上浸水など、あまりの被害の大きさにその全容はいまだ判然としない。右肩下がりの治水予算だが、滝のような川と戦う日本にはもっと事業費が必要である。国によって事情が違う治水まで世界と横並びにすることはない。