奇抜な発想で読者をアッと驚かせるショートショートの名手、星新一さんの作品に「怪盗X」がある。こんな話である
▼Xがエヌ氏に電話をかけて言う。「金庫室の札束はもらった」。「警察に通報する」と息巻くエヌ氏をXはあざ笑う。実はエヌ氏は防犯器具製造会社の社長。それなのにやすやすと鍵を開けられ、赤外線探知装置は無力化。その上、厳重な金庫室まで突破された事実が表沙汰になるというのである。そうなれば社会的な信用はがた落ちだ。エヌ氏は悩んだ末に窮地を脱する策を思いつく。通報はしないし盗まれたことも否定。札束は戻ってこないが二度と侵入されないよう、あらゆる手段を使って防犯態勢を強化することにしたのである
▼今回はその怪盗Xの役回りを総務省が務めるということだろう。あしたからウェブカメラやルーターなどインターネット上のIoT機器に「侵入」を試みる調査を始めるそうだ。エヌ氏は全国のIoT機器利用者。実際に金庫破りをして確かめるわけである。セキュリティーの甘い機器は乗っ取りが容易。悪意ある者はそれをサイバー攻撃のてことして利用し、官公庁や金融、インフラ、あらゆる機関のデータを操作し、流出させ、破壊できる。悲劇が起こる前に侵入口を見つけ、利用者に注意喚起するのが取り組みの狙いだ
▼ところで今回活躍するのは正義の怪盗だが、仮面の下には国民を監視する恐ろしい怪物が隠れているのではとのうがった見方も一部にある。そんな物語のような結末はいらない。国は十分な説明で懸念解消にも努めるべきだろう。