コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 304

やじろべい

2017年01月27日 09時41分

 近頃はそれほど見掛けなくなったが、子どものころ、その不思議さに目を奪われた経験を持つ人も多いのではないか。日本の伝統玩具「やじろべえ」のことである

 ▼江戸時代からあるそうで、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場する弥次郎兵衛が名の由来という。旅の振り分け荷物から来たわけだ。片方を下げればもう片方が上がる。押しても引いても姿勢は必ず元に戻って倒れない。単純だが奥深い玩具である。どうやらそのやじろべえ、最近は名前が変わり、姿も大きくなっていたため目に入らなかったようだ。今はTPPと呼ぶ。伝統にのっとって日本風に言うと環太平洋経済連携協定である

 ▼そもそもは2010年に当時の民主党政権が参加を表明。このとき自民党は反対の立場をとっていた。12年に政権を取り戻した自民がその後、推進に転換すると、今度は民主が反対に回る。民進党になっても方針は変わらなかったものの、24日には蓮舫代表から本心は賛成なのではと思わせる発言が出たと聞く。右を上げれば左が下がる、左を上げれば右が下がる。いやはや政治家というのは実に伝統玩具を上手に楽しむものだと感心する。こちらとしては、与野党のマンネリ化した「伝統芸」にげんなりするばかりだが

 ▼さらには「俺をのけ者にするな」とばかり、海の向こうからトランプ米大統領が思い切り揺さぶりをかけてくる始末。さしものTPPやじろべえも安定を保てるかどうか怪しくなってきた。もともとが政治家弥次さん喜多さんの気ままな旅である。珍道中になるのも無理ないか。


8人で36億人分

2017年01月26日 09時14分

 文豪トルストイに貧しい農民の話がある。その男は働き者だが土地を持っていないため、いくら頑張っても貧乏なまま。ある日、夢のような噂を聞く。太陽が沈むまでに三角形で囲えた分だけ土地が手に入るというのだ。男は勇んで出掛けた

 ▼歩いて囲み始めると欲が出て各辺の距離は伸びる。日没は間近。必死に走りぎりぎり間に合ったが、そこで命尽きた。最終的には、2mの土地があれば十分だったというわけ。つまり埋葬する穴の分だけ。トルストイらしい辛辣(しんらつ)な結末である。この男を愚かと見るのは簡単だが、目の前で財産が増えていくのを目の当りにしたら、どれだけの人が冷静でいられるだろう。どこかで自分に「もう十分」とブレーキをかけられるだろうか

 ▼最近、国際NGO「オックスファム」が出した報告書に触れ、そんなことを考えさせられた。発表によると「世界で最も豊かな8人が、世界の貧しい半分の36億人に匹敵する資産を所有している」ことが明らかになったそうだ。一代で事業を築いた人も多い。8人が殊更欲張りなわけではないのだろう。ただこれだけの格差を生む今の経済システムは、相当にゆがんでいる。特に米国はもうけることに際限なく甘い風潮もある

 ▼トランプ米大統領が早速メキシコ国境に壁を造る大統領令に署名するという。移民やテロへの対処を最重要に位置付ける新大統領だが、この世界的な格差拡大が、泥沼化するそれらの問題の根にあることをご存じだろうか。米国の富の囲い込みに忙し過ぎて気付いていないのではと心配である。


天皇退位の論点整理

2017年01月25日 09時47分

 なぞなぞを一つ考えた。単純な足し算である。いささか難解かもしれないがご容赦願いたい。問題は次の通り。「船頭多くして船山へ登る」に「大山鳴動して鼠一匹」を加えると何になるか

 ▼「ああ、あれかな」と、すぐにピンときた勘のいい人もいよう。あまりもったいぶっても何なのでさっさと言うが、答えは「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が23日に公表した、結論があいまいな論点整理である。もともとこの程度のもので良しとするつもりだったのだろうか。退位問題の本質に、ズバリと切り込む論点を提出するものだとばかり思い込んでいたが。どうも見たところ、昨年11月の専門家へのヒアリングで、行き先の違う船頭が多く乗り合わせた結果、山を動かすどころか振り出しに戻ってしまったようだ

 ▼かろうじて、政府の狙いとされる「退位は一代限り」の方向をにじませてはいるものの、こんな考えがある、あんな考えもある、課題だってこれだけある、とさっぱり要領を得ないのだ。昨年8月の天皇陛下の「おことば」を振り返りたい。注目点は「象徴」である。陛下はそれを、国民の幸せを祈るとともに寄り添う存在と考えておられた。旅も含めた務めはそのために大切なものだと

 ▼陛下はいわば現場感覚を語ったのだろう。戦後初の天皇として長年務めを果たしてきた上で、である。専門家も有識者会議も政府も、現場を無視した空論を並べてはいないか。現場が常に正しいとは限らない。ただ、その海のことを一番よく知っているのは、その海で生きてきた船頭である。


稀勢の里横綱へ

2017年01月24日 09時32分

 室町期に活躍した能作者にして名役者の世阿弥は、能の理論を体系化した『風姿花伝』で「鬼の能」についてこう記している。「是、殊更大和の物也。一大事也」

 ▼大和とは世阿弥が属していた「大和申楽」の流派のこと。能にはいろいろな役があるが、中でも「鬼の能」はお家芸だから、そのつもりで技を磨き、気を入れて演じるべしというのである。観客に「大和の鬼は違う」と言わしめる何かがあったのだろう。相撲を日本人だけのものにしたいなどという偏狭な考えは持っていないが、やはり国技である。お家芸であってほしいとの願いは、少なからぬ人が抱いているのでないか。となれば日本出身力士の横綱が誕生するのはうれしいし、素直に喜びたい。実現すれば、日本出身の横綱は若乃花以来19年ぶりというのだからなおさらである。つまり21世紀に入ってやっと一人目

 ▼大相撲初場所で初優勝を決めた大関稀勢の里の横綱昇進がほぼ決まったらしい。あすの理事会で正式に決定の運びとなるようだ。横綱白鵬を破った千秋楽も見事だった。土俵際に寄せられ、残しに残してからのすくい投げ。稀勢の里は場所後、土俵際は「誰かに支えられた気がした」、初優勝は「自分一人でここまできたわけじゃない」と語っていた。奥ゆかしい人だ

 ▼ただの競技ではない何かに触れたくて、観客は相撲を見るのだろう。その何かは心技体の「心」にこそあるのではないか。『風姿花伝』にいわく、花は「心より心に伝はる」。相撲の花は横綱相撲だろう。稀勢の里の花も多くの人の心を打つに違いない。


文科省の天下り

2017年01月21日 09時20分

 寿命は伸びれど給料は伸びず、頼みの年金も縮む一方というのが今のご時世である。朝から浮かない話で申し訳ない。定年延長の制度も定着してきてはいるが、老後を全て賄えるほどのやりがいも金銭的余裕も与えてくれないのが実情だろう

 ▼いっそのこと、評論家の中野孝次が提唱した「清貧の思想」で生きようと思ってはみても、かすみを食って生きていけるほど人間ができておらぬ。難儀な現実というほかない。第一生命「サラリーマン川柳」に以前あったこんな一句に共感する人も多いだろう。「定年後私は何をする人ぞ」(脱サラリーマン)。先が見えない以上、不安を抱くのは当然である

 ▼ところが雲の上に住むらしい霞が関の人々にとって、そんな心配は無用のようだ。文部科学省の元高等教育局長が同省のあっせんを受け早稲田大に再就職したという。しかも人事担当者が元局長在職中、大学側に情報を流していたとのこと。元局長をエレベーターに乗せ、上階行きのボタンまで押してあげたわけ。国家公務員法違反だが、法を度外視した天下りは慣例になっていたようだ。国益より省益に重きを置く霞が関流だろう。天下りを大事にしているからには、「天」にも「下」にも甘い汁があるに違いない

 ▼筒井康隆版『現代語裏辞典』によると、【天下り】は「役人が退職後、真に世の中の役に立とう」とすることだという。農水省は農民や漁民に、法務省は夜回りに再就職すべしとある。文科省には何がいいか。少なくとも順法精神と公共心を教える仕事だけはやめさせた方がよさそうだ。


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