コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 85

出口が見えない?

2021年08月31日 09時00分

 何かを待つときの心情というのは複雑なものだ。その対象がうれしいことか、つらいことかにも左右される。ただ、あえて二つに絞るのなら焦りと期待だろう

 ▼額田王の有名な古歌がある。「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな」。海の向こうの国へ出発しようと、明るい月と穏やかな潮を待っていた。絶好の条件を願うじりじりした時間が終わり、待ちに待った機会がついに訪れたのである。菅首相が7月20日の国際オリンピック委員会総会で述べた言葉にも、そんな〝待つ〟ことの機微が感じられた。「長いトンネルにようやく出口が見えはじめている」との発言である。ワクチン接種が軌道に乗り、お手上げだった新型コロナウイルスとの戦いの先に光明が差してきたとの意図だろう

 ▼先はまだ長いが船はやっと岸を離れ、収束に向けこぎ出せたとの心境を語ったものでおかしな点はない。ところが作家の村上春樹さんがこの発言にかみつき、ちまたのちょっとした話題になっている。TOKYO FMの「村上RADIO」で29日、「僕は菅さんと同い年だけど出口なんて見えません。この人は聞く耳はあまり持たないけど目だけはいいのかも。あるいは見たいものだけ見ているのかも」と皮肉ったのだ

 ▼誤解である。速さ優先のためドタバタもあるが日本のワクチン政策はそう悪くない。出口は見えてきている。第5波前の発言を今持ち出すのも公平ではなかろう。焦りと期待のはざまで接種を待つ人がまだ大勢いる。筋違いな怒りを聞かされるのは気持ちのいいものではない。


カップヌードルが累計500億食に

2021年08月27日 09時00分

 若いころに仲間と深夜まで酒を飲んでいて、ちょっと小腹がすいたときにはカップ麺をすすることが多かった。1個しかない場合はみんなで回して食べたりして。「おい、お前は一口が大きすぎだ。俺の分も残しておけよ」といった具合である。同じ経験を持つ人は少なくないのでないか

 ▼「ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち」穂村弘。寒い夜に食べる熱々の麺もまた格別である。そんなカップ麺の元祖で穂村さんの歌にもある「カップヌードル」のブランド累計世界販売食数が5月末で500億食を超えたそうだ。日清食品が25日発表した。1971年9月発売だから、ちょうど50年目の大記録達成である

 ▼数が大きすぎてピンとこないが、カップの高さが約10㌢だから、重ねると地球と月を6往復以上できる計算だ。食べも食べたりである。今は世界100カ国で販売され、その国独自の味も多い。糖質や塩分を控えめにした品など種類が豊富なのもこの商品の特徴だろう。開発した創業者安藤百福の慧眼(けいがん)には驚くほかない。戦後食糧難で米国から大量に入ってきた小麦はほとんどパンになった。どうして日本人の好きな麺にしないのかと疑問を抱いた百福はまず世界初の即席麺「チキンラーメン」を発明。そのノウハウをカップヌードルに結実させた

 ▼人々が本当に食べたいものを見抜き、工夫を重ね続けた結果の500億食というわけだ。「ハングリー?」と聞かれずともなぜか時々食べたくなる。懐かしい思い出が隠し味になっているのかもしれない。


東京パラリンピック始まる

2021年08月26日 09時00分

 福島智東大先端科学技術研究センター教授は盲ろう者で初めて大学の常勤教授になった人である。病気のため9歳で失明、18歳で聴覚も失った

 ▼絶望してもおかしくない状況だが、嘆き悲しむ祖父に智さんはこう言ったそうだ。「いま悲しんで泣いてるより、これから先、どういうふうに生きていったらいいかを考えるほうが大事だと思ってるんだよ」。母令子さんが失明した当時の様子を月刊『致知』に記していた。「お祖父ちゃん、僕は大丈夫だからね」。そのひと言を伝えることも忘れなかったという。祖父を悲しませまいと気丈に振る舞ったのかもしれないが、自らの決意を示す本心でもあったに違いない。「どういうふうに生きていったらいいか」。障害のある人全てがまず向き合わねばならない問いだろう

 ▼その問いに答えを出した人々が今、日本に集まっている。東京2020パラリンピックがおととい開幕した。161カ国・地域と難民選手団から合わせて4403人のパラアスリートが参加する。開会式の入場パレードで紹介された各選手の障害の理由の多様さに驚かされた。「生まれたときから両腕がない」「目に矢が刺さり失明した」「戦争の爆撃で両足を失った」「交通事故で半身不随になった」。彼らはそれでも人生を諦めたりはしなかった

 ▼実は世界で15%の人が何らかの障害を持っているのだとか。少ない数ではない。そろそろ障害というより個性と見た方がいいのかも。選手たちは競技を通し、可能性は誰にでも開かれていることを教えてくれる。「みんな大丈夫だからね」と。


丹下建築、香川県庁舎東館

2021年08月25日 09時00分

 日本の木造建築は、その起源をたどると縄文時代の竪穴式住居までさかのぼることができる。手近な木材を使い、柱を立てて桁を渡し、梁を架けることで内部に空間を得る形式はここから始まった

 ▼ただ、時代を経るに従い洗練されていったのも確かで、一つの到達点が伊勢神宮の正殿だったとされる。柱や梁で組み上げる基本構造は現代も変わらない。気候風土に深く根付いた伝統建築は日本の誇るべき技術だろう。戦後建築の第一人者丹下健三はそんな伝統建築には、力強さと停滞の二つの側面があると見ていた。『丹下健三建築論集』(岩波文庫)に一文がある。「消極的姿勢を克服し、否定することによってはじめて日本の伝統の中に獲得された方法、あるいはその方法的成果を、創造的に継承してゆくことができる」

 ▼完成しているが停滞もしている日本の建築技術を前に進めるには、否定の論理が特に重要と考えたのだ。氏が試行錯誤の末、生み出したのが1958年に竣工した香川県庁舎東館だった。その庁舎が先頃、米ニューヨーク・タイムズ紙が発行する雑誌の「戦後建築で最も重要な25の作品」に日本で唯一選ばれた。傑作と評されている。8階建てで柱や梁、ひさしといった軸組構造の意匠を打ち放しコンクリートで表現。建物保護の機能も持たせた

 ▼耐震壁を中央に置いて大空間を作り、内部の流動性を高めたのも大広間からの発想か。それでいて庭やロビーは自由に交流できるよう伝統建築にはない開放的な場としている。縄文から連綿と続く建築を創造的に継承した技術の粋である。


横浜市長選

2021年08月24日 09時00分

 一寸先は闇というが、コロナ禍の今ほどその言葉が身に迫って感じるときはあるまい。それを実感させられる事柄は多方面に及ぶ。インバウンド(訪日外国人)観光促進策もその一つだろう

 ▼国を挙げて入り込み客数の拡大を図り、経済活性化につなげようとしていた。本道も例外ではない。数年前まではバラ色の未来を描く計画だった。ところが現在は口に出すのもはばかられる。ウイルスを国内に持ち込むからだ。そのインバウンドなしには成り立たないのが、カジノを含む統合型リゾート(IR)である。誘致の旗を掲げたまま選挙戦に臨んだ現職林文子氏が惨敗したのもむべなるかな。おととい投開票された任期満了に伴う横浜市長選のことである

 ▼このコロナ禍とIRに直接の関係はないものの、住民の多くは国外からのウイルス流入にことさら敏感になっていよう。不安を抱く人が増えたとしても不思議はない。当選したのはIRに反対する立憲民主党推薦の元横浜市立大医学部教授山中竹春氏だった。現職閣僚の座を捨てて立候補した前国家公安委員長の小此木八郎氏も誘致中止を表明してはいた。ただ、母体の自民党はIR推進の立場なのだから説得力には欠けたろう。次点ながら大差で敗北した

 ▼とはいえ「一寸先は闇」の厳しさを今最も味わっているのは、自らのお膝元で全面支援していた菅首相かもしれない。面目丸つぶれだ。「見わたせば花ももみぢもなかりけり浦のとま屋の秋の夕暮」藤原定家。気付けば華やかなものは全て目の前から消え去り、ぽつんと一人。そんな心境でないか。


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