コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 86

北里柴三郎

2021年08月23日 09時00分

 江戸時代も終わりに近い1853年、熊本県小国町で生まれた子どもが将来、伝染病治療を大きく発展させる世界的医学者になるとは当時誰も想像しなかったろう。近代日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎博士のことである

 ▼博士は東大医学部卒業後、卒業生に約束されている名誉職の道を潔しとせず、国民のために働きたいとあえて内務省衛生局に入局。〈医者の使命は病気の予防にあり〉の信念ゆえの決断だった。86年にドイツ留学の夢がかない、細菌学の第一人者コッホに学んだ。寝食を忘れて実験に没頭し、破傷風菌の純粋培養に成功。毒素を消す抗体も発見し、血清療法を開発した。この画期的療法は他の伝染病にも広く応用が効き、多くの人の命を救うことになる

 ▼そんな博士でもまだ新しい方で、細菌やウイルスと人との戦いの歴史は古い。古代ギリシャの医師ヒポクラテスが破傷風の臨床例を書き記しているほどである。新型コロナウイルスとの戦いも、いつかそんな記録の一つとなるに違いない。もどかしいのはそれがどれくらい先か、渦中にいるわれわれには分からないことである。ともすれば希望をなくしそうになるが、北里研究所には博士が友人に語ったこんな逸話が残っているそうだ

 ▼「よく世の中が行き詰まったという人があるが、これは大きな誤解である。世の中は決して行き詰まらぬ。若し行き詰まったものがあるならば、是は熱と誠がないからである」。諦めてはいけないとの戒めだろう。ことし、没後90年。道なきところに道をつくってきた博士の言葉は今も古びていない。


ロシアの北方領土特区構想

2021年08月20日 09時00分

 中国広東省の深圳(しんせん)市は1980年8月に経済特区の指定を受けるまで、ひなびた漁村にすぎなかったという。それが今では人口1300万人を擁する国際都市に成長。「アジアのシリコンバレー」と称されるまでになった

 ▼外資系生産企業を数多く呼び込むため、大胆な優遇策を惜しみなく打ったことで知られる。政府によるインフラ整備をはじめ、所得税の減免、輸入関税の免除など至れり尽くせりだ。域内GDPは40年で1・4万倍の約45兆円(2020年)に膨らんだというから、中国としては笑いが止まるまい。それを横で見ていたロシアが、あわよくばわが方も同じ夢をと考えたとしても不思議はない。ロシアの要人が相次いで北方領土での特区構想に言及している

 ▼報道によると、やはり進出する外国企業の各種税金を大幅に減免するようだ。近いうちに準備を終える予定とも伝えられる。外資を導入した大規模開発でロシアの領土だと国際的に認めさせられれば一石二鳥との思惑らしい。日本人の神経を逆なでするやり口だが、強硬に正面突破を図るところがいかにもロシアである。うまくいくはずがないとの油断は禁物だ。サハリンでは大手石油メジャーを引き入れた実績があり、日本企業との合弁事業も進めていた。トラブルも多いがノウハウはある

 ▼日本が手をこまねいているうちに、既成事実を積み重ねられかねない。北方領土に対する政府の声が、このところ蚊の泣くように小さく聞こえるのは気のせいか。「北方領土は日本固有の領土」を何度でも主張する必要があろう。


突然変異株への対応

2021年08月19日 09時00分

 コロナ禍前に米国で進んでいたパンデミック対策の内幕を描いたノンフィクション、『最悪の予感』(マイケル・ルイス、早川書房)に考えさせられる場面があった。過去のことなのに現在を語っているような気がしたのである。未来を言い当てていたというべきか

 ▼オバマ氏が大統領を務めていた時期に開かれた会議でのこんな話だった。「敵はウイルスであり、敵の最大の武器は、急速でランダムな突然変異だ」。スタッフは懸念する。変異は予測できない。「ときには戦略を大きく転換せざるを得ないかもしれない。けれどもそうした転換は、世間からは無能さの表れとみなされる」。まさに今、菅首相に下されている評価だろう。NHKの最新の世論調査も支持率は29%と内閣発足以来最低を記録した

 ▼かじが定まらぬまま大型客船日本丸の漂流は続く。悪いのは船長。というわけである。政府内の足並みの乱れや首相の説明不足があるのは事実だが、変異についていこうとすると戦略は変えざるを得ない。まん延防止や緊急事態を出したり引っ込めたりするのも批判の的だ。ところがおととい、また17府県を追加する羽目になった。さらに基本的対処方針分科会の尾身茂会長が「個人の行動を制限できる新たな仕組みの検討が必要」と面かじいっぱいの踏み込んだ発言をし、航路の変更も迫られている

 ▼いずれも強い感染力を持つデルタ株が登場したためで、転換は当然だ。一方で政府のワクチン接種を最優先する方針だけはぶれていない。無能と見られても目的地を見失わなかった点は評価していい。


続く大雨

2021年08月18日 09時00分

 浮世絵師歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」をご存じの方は少なくないだろう。隅田川に架かる橋を渡っている人々が編みがさや蛇の目傘、むしろで雨を避けながら急ぎ通り過ぎる風景である

 ▼雨を表現しているのは、微妙に角度を変えて描かれた力強い黒色の直線だ。それで土砂降りだと分かる。いかにも日本らしいと思えるのは、時代は違えど誰しも経験したことのある出来事だからかもしれない。『雨の名前』(小学館)によると奈良時代に成立した最古の正史『日本書紀』にも、「大雨ふりて」の言葉があるそうだ。「ひちさめふりて」と読む。「ひち」は「漬つ」や「泥(ひじ)」を意味するという。昔から大地を飲み込むような雨があった証拠である。日本人と雨との付き合いは深い

 ▼とはいえ西日本と東日本の広い範囲に記録的大雨をもたらしている今の天気には頭を抱えたくなる。降り始めの11日から1週間が過ぎた。内水氾濫、堤防決壊、土砂崩れなど各地で災害も相次いでいる。長野県岡谷市では15日、お盆で帰省中の母子3人が土石流の犠牲になる痛ましい事故が起こった。山の保水力も限界を超えたに違いない。佐賀県大町町では六角川を挟んで約9平方㌔が浸水。一時深さ3mに達した所もあったという

 ▼いいかげん勘弁してほしいものだが、この「ひちさめ」はまだ数日続くらしい。雨が上がった後には治山、治水計画の見直しやハザードマップの再点検が必要になろう。ただ、今はどうか命を守る行動を。いくら付き合いが深くても、雨は往々にして人を傷付ける。


アフガンがタリバンの支配下に

2021年08月17日 09時00分

 どこの国にも笑い話はあるが、お国柄の違いでそこならではの話が生まれることも多い。「羊の運命」もそんな冗談話の一つだ

 ▼父親が子どもに、いたずらをしたせいでオオカミに食べられてしまったヒツジの話を教えている。父親が諭す。「いい子にしてないとロクなことはないって話だ。わかったね?」。すると子どもが言う。「でも、羊たちは狼に食べられなくても、どうせ人間に食べられちゃうんでしょ?」。どの国かお分かりだろうか。答えはアフガニスタン。『世界の紛争地ジョーク集』(中公新書)で以前読んだのを久々に思い出した。内紛が絶えず、他国の干渉を受け続けてきた国ならではの話だろう。好き勝手に振る舞っても、実直に生きても、結局は誰かの残酷な支配から逃れられないというのである

 ▼そんな見方を上書きする事態が再び起こった。イスラム原理主義反政府武装組織タリバンが15日、アフガンの首都カブールを制圧し、勝利を宣言。約20年続いた民主政権は事実上、崩壊した。各国大使館は国外退去を急ぎ、逃げ出す市民も後を絶たないという。厳格なイスラムの教えを守るか死かの選択を迫られる恐怖政治が戻ってくるのだから、落ち着いていられるわけがない

 ▼バイデン米大統領が9月11日までに駐留米軍を撤退させると表明した途端の電撃侵攻。バイデン氏はアフガン軍に期待していたが読み誤った。タリバンは平和的権力委譲を口にしてはいる。ただ、政権奪取後の武装勢力がいつまでも穏やかでいたためしはない。国民は今、先の子どものようにおびえていよう。


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