コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 87

現代の神話

2021年08月12日 09時00分

 今は神話が生活に根付いている時代ではない。しかし全く必要がなくなったのかといえばそんなことはない。神話学者ジョーゼフ・キャンベルはそう考えていた

 ▼かつて人々が神話に求めていたのは、つかみどころのない「生きる意味」などではなく「いま生きているという経験」だったそうだ。「苦しみ、戦い、生きていく」苦難の物語をわがこととして内面化することで、生きる喜びを感じていたというのである。昔は神話を実際の体験と変わらない現実として受け止めていたらしい。限りある命しか持たない人間が生を意義あるものにするための手段だったのだろう。『神話の力』(早川書房)に教えられた。東京オリンピックを連日観戦して思ったのだが、現代人にとってはこの大会が神話の一つになっているのでないか

 ▼終わって4日たったというのに今も胸の内の熱はさめない。苦しみ、戦い、挑戦していく選手たちの苦難と冒険の物語。見ているといつの間にか自分がその物語の中に入り込んでいた。コロナ禍による行動制限で生きる喜びを感じる機会が減ったことも影響していよう。多くの人が力強く美しい物語を必要としていた。強大な相手との戦い、若者の躍進、英雄の挫折、宿命の対決、王者の風格―。五輪で見たものはまさに神話のモチーフそのもの

 ▼日本のメダル獲得数は金27、銀14、銅17の合計58で歴代最多。世界3位の成績だった。もちろんうれしい結果である。ただメダルに関係なく全ての選手に物語があった。「いま生きているという経験」をくれた現代の神話に感謝したい。


IPCCの報告

2021年08月11日 09時00分

 東京オリンピック閉会式の開始とほぼ同時、8日午後8時過ぎに台風9号が鹿児島県枕崎市付近に上陸した。大会に気を遣って力を抑えていたわけでもあるまいが、その後の暴れ方はすさまじい。大雨と強風を伴い、中国地方から北陸、関東と広い範囲に大きな被害をもたらした

 ▼9日に温帯低気圧に変わったものの、影響力は残したまま。きのうは青森県七戸に命の危険がある警戒レベル5が発令されるほどだった。本道も例外でなく、特に南部では24時間で300㍉の大雨が降り、予断を許さない状況が続く。一方で台風一過の関東周辺では軒並み今夏最高の暑さを記録したという。ほとんどの人が肌で感じているだろうが、雨にせよ暑さにせよ近年は極端に振れることが多い

 ▼国連の専門機関が9日、満を持してその現象を裏で操っている真犯人を公表した。「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が、8年ぶりにまとめた報告書で初めて〝地球温暖化の原因は人間活動にあり〟と断定したのである。何を今さらというなかれ。トランプ前米大統領が地球温暖化説に疑いの目を向けていたように、信じない人はいまだ世界中にいる。今回の結論はそんな論争に決着を付けるものだった。意義は大きい

 ▼IPCCは言う。温暖化が進むと熱波や大雨といった極端な現象が増強される。対策を今始めても今後20年で世界の平均気温が1・5度上がるのは止められない。それでも未来のために即刻温室効果ガス削減に手を付ける必要がある。呼び掛けを無視する選択肢はない。毎日の天気がそれを教える。


北海道・北東北の縄文遺跡群

2021年08月10日 09時00分

 日本を含む東アジアの地図を逆さまにして眺めたことのある人はどれくらいいるだろう。普通の地図を見ると日本は海に囲まれた国との印象が強い。ところが逆さまにすると太平洋に張り出したユーラシア大陸の一部という別の姿が浮かび上がってくるのである

 ▼実際、5000万年前までは大陸と一体だった。その後少しずつ分離は進んでいったが、北海道と大陸は最終氷期が終わる1万年前まで地続きだったのだ。津軽海峡も現在ほどの幅はなく、大きな川が横たわっている程度だったという。1万5000年前頃に出現した縄文人が暮らしていたのは、そんな世界である。活動が広範囲に及び、他の地域との交流が盛んだったのも当然だ。かつては未開のイメージが浸透していたものの、今では想像以上に高い精神文化が育まれていた事実が分かっている

 ▼先日、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界文化遺産登録が正式決定した。生き生きとして力強い縄文人の真の姿をより多くの人が知ることになろう。構成資産は本道の大船遺跡やキウス周堤墓群、青森の三内丸山遺跡、岩手の御所野遺跡、秋田の大湯環状列石など全17カ所。いずれも高い精神性や豊かな生活文化を現代に伝える遺跡ばかりだ

 ▼関連資産だが当方も森町の鷲の木遺跡を訪れたことがある。二重列石の巨大さとその整った造形に心を揺さぶられた。コロナ下で旅もままならないが、落ち着いたら遺跡群を巡ってみたい。縄文人の目で今の世界を眺めるのも一興でないか。地図を逆さまにしたときのように別の発見があるかもしれない。


広島原爆の日

2021年08月06日 09時00分

 谷川俊太郎さんの最新詩集『どこからか言葉が』(朝日新聞出版)を読んでいて、「はらっぱ」の詩に目が止まった。全てひらがなで書かれた一編は見た目優しいが、言葉は驚くほど重い

 ▼子どもらが原っぱで遊んでいる風景にこんな一節が続く。「おとなはわらいながらそれをみまもる それをえにかく うたにする おはなしにする それからそれをおもいでにして せんそうをしによそのくにへでかけていく」。どこの国へ行ったのか、何のための戦争かは記されていない。ただ、次の場面では子どもらが同じ原っぱで目の覚めぬ眠りについていて、大人たちは二度と戻ってこなかった。日常の中に潜む狂気と、圧倒的な悲しみが伝わってくる

 ▼きょうは広島の「原爆の日」。ことしも太平洋戦争を思い出し、戦争のない世界の実現に向け誓いを新たにする季節が巡ってきた。戦後76年だが過去を忘れてはいけない。御年89歳の谷川さんが昔見た光景を元に今なお詩を作り続ける理由もそんなところにあろう。ことしは東京オリンピックと重なった。こちらも平和について考えるのには格好の材料である。今大会でも米国と中国、サウジアラビアとイスラエルといった普段は緊張関係にある国の選手同士でエールを交換する様子が見られた。平和な世界を先取りした姿だろう

 ▼200を超える国と地域の人が垣根を越えて集まるオリンピックは、いわば世界の「はらっぱ」。今のところこれを思い出に戦争をしによその国へ出掛けていく動きはなさそうだ。いつまでも平和が続いてほしいと慰霊の日に願う。


日本人の平均寿命

2021年08月05日 09時00分

 生きていれば誰もが経験する老いだが、向き合い方は人それぞれのようだ。多くの著名人も随想でそれに触れている

 ▼評論家山本健吉は「ちかごろの感想」にこう記す。「老年とは、その人の生涯における心の錯乱の極北なのである」。かと思えば歌人の吉井勇は「老境なるかな」でこんな感慨を吐露している。「半生を歌によって懺悔しつづけて来たのであるから、老境の今日となっては、身魂ともに清浄である」。その人なりの背景や理由があっての境地だろう。はたでとやかく言うものでもない。とはいえ、どちらかを選べるのなら錯乱よりは清浄がよさそうだ。その方が本人も周りも幸せでないか。総人口に占める65歳以上人口の割合、高齢化率が29%に迫る今の日本ならなおさらである。数字の上昇もしばらくは続くらしい

 ▼寿命も順調に延びている。厚生労働省が7月30日に公表した2020年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性が81・64歳、女性が87・74歳。男女とも過去最高を更新した。新型コロナウイルスでたくさんの高齢者が亡くなり、平均寿命は下がると思っていたが違うらしい。がんや心疾患などは逆に早期発見、治療につながったため死亡率が下がったという

 ▼いずれにせよ高齢で過ごす期間の長い時代だ。できれば心穏やかに暮らしたい。作家大佛次郎の「眠れぬ夜」に共感した。「眠れぬ夜を楽しくする為に光のある昼の間を悔いなく生きねばならぬ。そう思いながら私は怠けたり、ぼんやりと庭を見て座っている」。それくらいの緩さでちょうどいいのかもしれない。


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