コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 88

田中陽希さん三百名山達成

2021年08月04日 09時00分

 日本で代参の習わしが広まったのは、江戸時代に入り世の中が落ち着いてからだった。代参とは遠くの社寺に代理が参拝することだ

 ▼例えば当時の人々が、一生に一度は経験したいと願っていたお伊勢参りや熊野詣での巡礼の旅。実際に出掛けるとなると、かなりまとまった費用と時間が必要になる。日々の生活に追われる庶民にそんな余裕はない。そこで有志がお金を出し合い、代表を立てて参拝に送り出したのだ。代参は持ち帰ったお札を配りながら現地の様子を語って聞かせ、皆が参拝した気分を味わったという。いわば行った気になるのだ。現代の冒険者もこの代参と似ている

 ▼プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんが挑戦していた「日本三百名山全山人力踏破」もそうだろう。多くの人が自分のかなわぬ夢を託し、応援していた。筆者もその一人である。2018年1月1日に鹿児島県屋久島の宮之浦岳から始まった旅がおととい、本道の利尻山登頂でついに終わった。実に3年7カ月。長かった。登山はもちろん山から山への移動も徒歩か走り、海峡横断はカヤックを使う文字通りの全行程人力踏破。途中、けがや自然災害、コロナ禍に見舞われながらも、諦めることなく進み続けた結果の快挙である

 ▼活動記録はNHKのテレビ番組やSNSを通じて発信され、見た人は一緒に旅をしている気になっていた。その頑張りと笑顔、飾らない人柄にどれだけの人が勇気づけられたことか。田中さんはレーサー活動を再開するそうだ。勝手ながらわれわれの代参として今後も注目させてもらいたい。


サンマもトキシラズも消える

2021年08月03日 09時00分

 日本海に面した海辺の村で生まれ育ったからだろう。童謡詩人金子みすゞには、何気ない日常の体験から生まれた海の心象風景をつづった作品が多い。「おさかな」もその一つである

 ▼「海の魚はかわいそう。お米は人につくられる、牛は牧場で飼われてる、鯉もお池で麩を貰う。けれども海のおさかなは、なんにも世話にならないし、いたずら一つしないのに、こうして私に食べられる。ほんとに魚はかわいそう」。なるほどそんな視点もと、魚を思いやるみすゞさんの感性に胸を打たれる。ただ、逆に考えるとこれは魚に不自由のない生活だからこそ生まれた詩でないか。本道もかつてはそうだったが、昨今はだいぶ事情が変わってきた。おなじみの魚が揚がらないのである。食べてかわいそうと思いたくてもその魚がいない

 ▼7月に解禁された道東沖のサンマ流し網漁が、漁期の9月末を待たずに打ち切りになるもようだという。1カ月たっても全く水揚げがなく、採算の取れる見通しが立たないためである。サンマだけではない。高級なサケとして知られる釧路沿岸のトキシラズも姿を消しているらしい。こちらも水揚げは前年の1割ほど。状況は深刻だ。いったい海に何が起きているのか

 ▼水産庁は6月、地球温暖化による海水温上昇が関係しているとの見方を初めて示した。今回の不漁はそれを証明した格好だ。「なんにも世話にならない」魚がどんどん取れる時代ではない。飼ったり育てたり見守ったり、人が手を焼かねば魚は食卓に上らなくなる。今ならみすゞさんの心も少しは軽くなったかも。


五輪選手への誹謗中傷

2021年08月02日 09時00分

 本音と建前、表の顔と裏の顔、外づらと内づら―。一人の中に別の性格の人物がいることは誰もが知っていよう。昨今は匿名で意見を表明できるSNSの普及により、そんな心の分裂に拍車がかかっているのでないか

 ▼小説家朝井リョウが『何者』(新潮文庫)で描いた場面が生々しい。就職活動をする仲間5人の話である。その中の拓人は集まると皆を応援するが、SNSでは仲間や彼らの志望会社をくさしていた。ところが、それが仲間にばれてこう追及される。「ほんとは、誰のことも応援してないんだよ。誰がうまくいってもつまらないんでしょ」「自分よりは不幸であってほしいって思ってる。そのうえで自分は観察者でありたいって」

 ▼現在開催中の五輪の周りにも、たくさんの「拓人」がいるようだ。SNSで注目選手への誹謗(ひぼう)中傷をする者が後を絶たないのである。卓球の水谷隼選手や体操の橋本大輝選手、サーフィンの五十嵐カノア選手など自ら中傷被害の実態を発信する選手も多い。開催前には五輪に反対する人が、出場を辞退しない選手にしつこく絡んで攻撃する例もあったと聞く。SNSでのこうした傾向は世界共通らしい。無視できる選手はいいが、自分のアカウントに書き込まれるためどうしても目に入る。中には心を病む選手もいるようだ

 ▼中傷する人は自分が客観的な観察者として正しい審判を下しているつもりだろう。ただ一皮むけば、裏にあるのは自分のつまらない思いを発散したいだけのどす黒い感情である。ばれて信用も何もかも失う前に気づいた方がいい。


デルタ株

2021年07月30日 09時00分

 朱は水銀を主成分に作られるやや黄色みを帯びた赤色で、最も古くからある人工の色の一つである。縄文土器にも使われていたという。はんこの朱肉や習字の添削用朱液として今も現役なのはご存じの通り

 ▼「朱に交われば赤くなる」のことわざができたのも、そんなつきあいの長さゆえに違いない。人は関わる相手や環境によって良くも悪くもなるという意味だが、あの鮮やかさを見ると納得しないわけにいかない。たとえ少量でも周りを圧倒するほどの強い色なのである。日本で最近猛威を振るう新型コロナウイルス変異株デルタの危険性を知り、その朱色を連想した。こちらの強さも想像以上らしい。今まではうつらなかったごく短時間の接触でも、デルタなら感染する例があるそうだ

 ▼「デルタに交われば感染する」と覚悟すべきなのだろう。政府新型コロナ分科会の尾身茂会長がきのうの内閣委員会で政府にリスクコミュニケーションの熟達を求めたのも、国民に事態の深刻さを正確に伝えるためだった。現にほぼデルタに置き換わったとされる東京では新規感染者が27日2848人、28日3177人、きのう3865人と、感染拡大が一気に進んでいる。しばらく落ち着いていた本道も再び増加に転じた。このウイルスは実に手強い

 ▼高齢者のワクチン接種が進み重症者や死亡者は減ったものの、特に東京では同時に気持ちの緩みも出ていると聞く。流行の最先端を行く街だけに、いったん緩むと流れに乗る人が多く出るのも当然か。こんなときまで「朱に交われば赤くなる」でなくてもいいのだが。


北海道が暑い

2021年07月29日 09時00分

 昼間に屋外へ出ると立ち上る熱気に思わずたじろぐ。このところ本道はそんな日ばかりだ。もう勘弁してくれと、力なく天を見上げた人もいるのでないか

 ▼札幌や旭川、北見では気温30度超えが当たり前。きのうは何と稚内市声問で観測史上最高の32・7度を記録したという。例年であれば夏もそれほど暑くならない冷涼な地域である。身にこたえるに違いない。「石も木も眼に光る暑さかな」去来。逃げようがない。近頃は工事などで屋外作業をしている方々をよく見るようになった。民間建築に加え、公共土木も本格化する時期だろう。湿気の少ない本道とはいえ、朝から晩まで日にさらされての仕事は大変だ。どうか熱中症には注意していただきたい

 ▼大切なのは日頃の体調管理と無理をしないこと。適度な塩分を含んだ水分をこまめにとることも忘れずに。衣服内を強制的に換気する「空調服」も場に応じて活用したい。感染対策のマスクだが、厚生労働省も熱中症の恐れがあるときの着用は勧めていない。もう一つ、知っておいた方がいいのは高血圧の治療に使う降圧薬が熱中症リスクを高める事実である。22日付の本紙連載『おとなの養生訓』で當瀬規嗣札医大教授が注意を呼び掛けていた

 ▼読み逃した方は新聞をひっくり返してほしい。要は利尿作用で水分不足が一層進むのである。第一生命の『サラリーマン川柳』にも「いい数字出るまで計る血圧計」という句があった。高血圧症の日本人は珍しくない。厳しい暑さはまだしばらく続くようだ。くれぐれも体が発する注意信号を見落とさぬよう。


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