コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 96

アルコールのグラム表示

2021年06月07日 09時00分

 このご時世で肩身の狭いカラオケだが、行けば一度は必ずこの曲を歌うという年配の男性も多いに違いない。シンガーソングライター河島英五の『酒と泪と男と女』(1976年)である

 ▼このフレーズが印象的だった。「飲んで飲んで飲まれて飲んで 飲んで飲みつぶれて寝むるまで飲んで やがて男は静かに寝むるのでしょう」。寂しさや悲しみを酒で紛らすしかない男の惨めさが、わがことのように感じられる。植木等でなくとも、「わかっちゃいるけどやめられない」のだ。つらくても楽しくても、いったん飲み始めると止めるのが難しくなるのが酒である。翌朝、二日酔いの頭を抱えて後悔するところまでがお決まりのコースだろう

 ▼近頃はアルコール度数が高いのに安く飲みやすい酒が増えた。効率よく酔うためわざわざそういう酒ばかり選んで飲む人もいると聞く。9%の酎ハイは本来ごくごく飲んでよい代物ではない。ただパーセントや度数ではアルコール摂取量がよく分からないのも当たり前か。そこで厚生労働省が今春から対策に本腰を入れだした。缶ビールや酎ハイの容器にアルコール量をグラムでも表示するよう業界に要請したのである。生活習慣病のリスクが高まるのは1日当たり男性40㌘以上、女性20㌘以上だ。例えば350㍉㍑缶なら5%で14㌘、9%で25㌘のアルコールが含まれる。表示されると分かりやすい

 ▼「飲んで飲んで飲まれて飲んで」。〝9%の缶酎ハイ500㍉㍑2本でもう72㌘。きょうはこれくらいにしとくか〟。飲みつぶれて眠るのは避けられるかもしれない。


ワクチンの途上国支援

2021年06月04日 09時00分

 新型コロナウイルスのパンデミックが人類にとって大きな災厄であることに疑問の余地はないが、あえて肯定的な側面を探すとすれば何があるだろうか

 ▼米ハーバード大で心理学を研究するスティーブン・ピンカー教授はこう考えるそうだ。「ナショナリズムが再燃する中にあっても、グローバルな国際協力が評価されていることです。当然ですが、ウイルスにとっては国境や民族の誇りなど、お構いなしですから」。インタビュー集『コロナ後の世界』(文春新書)で語っていた。自国優先主義が幅を利かせつつあった国際社会でウイルスから逃れられた国は一つもない。国と国との交流が途絶すると世界経済が滞る現実も目の当たりにした。世界からウイルスを駆逐しない限り、自国の安全も保証されないのだ

 ▼こういった取り組みには今後一層力を入れていくべきだろう。日本は2日、途上国のワクチン接種を支援する国際的枠組み「COVAX(コバックス)」に877億円を追加拠出する方針を表明した。オンラインで開かれた「ワクチンサミット」の席上、菅首相が発言。各国にも協力を呼び掛けた。日本は既に219億円を拠出しているが、途上国の深刻なワクチン不足の解消を急ぐため上積みが必要と判断したようだ

 ▼ピンカー教授は先のインタビューでこうも語っていた。「ウイルスは、私たちが今日抱えている問題の多くが、本来的に地球規模のものであることを思い起こさせてくれました」。世界はつながっている。行き過ぎたナショナリズムは不毛。苦しみの中で得た教訓を手放すまい。


変異株の新たな名前

2021年06月03日 09時00分

 花や木の愛好家には当たり前の事実だろう。植物の名前には地名の冠されたものが少なくない。分布がはっきりしていて、そこでしか見られない種も多いからである

 ▼本道ではエゾツツジやエゾマツなど「蝦夷」の付く名前が目立つ。レブンアツモリソウのようなさらに地域を限定した呼び名もある。本州では秋田杉やニッコウキスゲ、シラネアオイといったところが有名か。そうそうサツマイモも忘れてはいけない。不思議なもので地名が付くとぐっと身近に感じる。個性が伝わってくるからかもしれない。一方、こちらはその個性が邪魔になると考えたようだ。世界保健機関(WHO)が先月末、警戒度が高い新型コロナウイルス変異株の呼称には、国の名前でなくギリシャ文字を使うと発表したのである

 ▼英国型を「アルファ」、南アフリカ型を「ベータ」、ブラジル型を「ガンマ」、インド型を「デルタ」とするそうだ。その国や人々への偏見が広がり、差別や中傷被害が起きるのを防止するためだという。もっともな話だ。とはいえ個性をはぎ取られたせいで危険も身に迫ってこない。アルファやベータでは具体性に欠けるのだ。ウイルスの実体を知り、わが事として戦うには変異地や感染経路が分かる国名付きの方が良かったようにも思える

 ▼風評被害を避けようとするWHOの意図を疑うつもりはない。ただ、最も配慮したかったのは関係の深い中国だったのでないか。変異株に地名を使わないとなれば、原初のウイルスを武漢型と呼ぶ風潮にも一定の歯止めをかけられる。考え過ぎか、それとも。


大坂なおみ選手が全仏を棄権

2021年06月02日 09時00分

 文豪夏目漱石は寛容な人で彼を慕う人がたくさんいたという。40歳のころには若手文学者や教え子が三々五々自宅に集まり、自由闊達(かったつ)に議論する木曜会なる場までできていたそうだ

 ▼ただ、はたからはそう見えなくとも、漱石本人は長く精神の病に苦しんでいた。極度に自分を追い込む性格だったのである。「この世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない」。そうこうしているうちに「私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです」。随筆『私の個人主義』(1914年)に記していた。漱石の精神の病は今ではうつ病だったと考えられている。一般の人が想像している以上につらい病のようだ

 ▼女子テニス世界ランク2位の大坂なおみ選手も、その病に苦しんでいたとは意外だった。類いまれな身体能力もさることながら、飾らない明るい性格と「なおみ節」とも呼ばれる個性的な発言で多くの人に愛されている。大坂選手は5月30日開幕の全仏オープン直前、心理的に負担として試合後の記者会見拒否を表明した。主催者側は規定破りだと反発。罰金を科した上、テニス4大大会からの追放もちらつかせた。プロ失格と批判した関係者も多い

 ▼1回戦を終えた大坂はツイッターを更新し、大会を棄権すると発表。加えて、「実は長い間うつ病に苦しんでいた」と告白したのである。勝利への執念と周りからの期待にとらわれ、自らを追い込んでいたのでないか。はたからは分からないものだ。つらかったろう。


猿橋賞に田中幹子教授

2021年06月01日 09時00分

 分からないということには大いに価値がある。20年ほど前、世の常識に反するそんな言説を掲げた本が話題になった。小説家橋本治の『「わからない」という方法』(集英社新書)である

 ▼氏の主張をかいつまんで言うとこうだ。一般的に重視されるのは「分かる」で、その状態を得るため人はすぐに出来合いの答えを求める。そこに自らの頭で考える姿勢はない。では「分からない」に向き合った場合はどうなるか。分からない点や理由を探求する作業が始まろう。答えがないなら自分の頭で考えるしかない。つまり「分からない」は思考の力を自分に取り戻す方法だったのである。分からなさの度合いが大きく複雑なほど自分の頭もより活発に働く

 ▼久々にその本を思い出したのは、きのう付の読売新聞「顔」欄で、ことしの猿橋賞を受賞した田中幹子東京工業大教授のコメントを読んだからである。田中教授が研究分野に生物学を選んだのは「一番分からないから、一番面白いと直感した」からなのだという。同賞は自然科学で顕著な業績を上げた女性科学者に贈られる。教授は胎児の指間の水かき状組織が成長とともに消える現象に着目。活性酸素が関わっている事実を突き止め、動物が海から陸に上がる過程で獲得した可能性を示した

 ▼「分からない」から逃げなかったからこその成果だろう。先の本にもこの方法は「迷路を歩くための羅針盤」だと記されていた。今はインターネットで楽に答えが見つかる便利なご時世である。ただ一番面白いことはそこにない。ではどこに。それは「分からない」。


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