人は様々な感覚を持っていますが、その多くで「慣れる」という現象が起きます。例えば、冬の寒さでかじかんだ手足のままでお風呂につかると、手足はお湯を熱く感じて、思わず引っ込めたりしています。でもそこを我慢して入っていると、次第にお湯の温度に慣れてきて、丁度いい加減…なんて具合です。
人の感覚の中で、一番慣れやすいとされているものが、においの感覚、つまり嗅覚です。例えば、尾籠な話で恐縮ですが、他人が用を足したすぐ直後にトイレに入ると、そのにおいに閉口するものです。ところが、その後、自分が用を足しているうちに、そのにおいは次第に気にならなくなってしまいます。トイレに入るという僅かな時間に、においに慣れてしまったからなのです。
においに慣れやすいというのは、人や動物にとって大事なしくみと考えられます。実は、どんなにきれいな空気の中にも、においを生じる物質が、たくさん含まれています。もし、これらのにおいを常に感じているとすると、その煩わしさで人は落ち着かなく、精神の安定を失うかも知れません。
でも、慣れてしまえば、そのにおいは存在しないことになります。また、例えば急に危険なガス漏れなどが起こり、新たなにおいが生じたとすると、そのにおいは慣れていないから、素早く感じ取って危険を察知することが出来ます。もし、普段のにおいに慣れてなければ、新たなにおいをかぎ分けることは出来ないかも知れません。
においに慣れやすいということは、普段から存在するにおいは感じないということです。なので、人は、自分の体臭や口臭を感じないということです。どんなに強烈な口臭も、ご本人は無頓着です。においに慣れるしくみから考えるとやむを得ないことです。なので、周りに迷惑をかけないためには、「自分には口臭がある」ことを前提にして対処するしかありません。
例えば、喫煙は口腔内を乾燥させ、これが雑菌の増殖を促すので、必ず口臭が生じます。そして缶コーヒーはコーヒーのにおいに加えて、含まれている大量の糖分のせいで雑菌が大繁殖するので、口臭がすごいのです。缶コーヒー飲みながら一服するのが大好きなあなた、間違いなくすごい口臭ですよ、気がつかないだけです…。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)