香りとは、空気中に揮発した物質が鼻腔の粘膜を刺激することで感じられるものです。つまり、香りの物質はすべて揮発性です。水に溶けやすい物質は、水に引き寄せられて揮発できません。なので、香りを生じる物質は基本的に水に溶けにくく、あぶらに溶けやすいものが多いのです。
ところで、身近にある揮発性物質といえばアルコールです。アルコールは水に溶けやすいのですが、あぶらにも溶けやすい性質を持っています。そこで、アルコールが揮発するとき、脂溶性の物質を巻き込んで揮発することになります。お酒の香りの成分は、アルコールにより多く揮発することになります。なので、器に注いだお酒は、香りが立っているのです。
お酒のなかで、香りが強いものとして知られるウイスキーです。しかし、ウイスキーは製造過程で蒸留が行われます。実は蒸留により香りの成分のほとんどは揮発して飛んでしまいます。なので、蒸留したてのウイスキーはアルコール自体の香り以外はほとんど感じられず、味も全くしないものです。
では、芳醇なウイスキーの香りはどこから来るのかというと、蒸留の後に、樽に詰められて寝かされるのですが、この間に香りの成分が樽からしみ出てきて、お酒の中のごく微量な成分と合わされ変化して形作られると信じられています。ウイスキーの香りは、原料の大麦からではなく、樽から来るのです。だから、長い熟成の物が珍重されるのです。
樽はウイスキーの生命線となるのです。そこで、様々な樽が試されましたが、真新しい樽ではなく、他のお酒の熟成に使われた樽が使われるようになりました。とくにスコッチウイスキーではバーボン樽とシェリー樽が使われます。
ご存じのように、バーボンとはアメリカの中西部で作られるウイスキーのことですが、原料が大麦だけでなく、小麦やトウモロコシも使っているので、特有の香りが生じ、これが樽にも浸み込んでいるのです。
この樽でスコッチウイスキーを熟成すると、素晴らしい香りが出てきます。シェリーはスペインのワインを数年樽に寝かせて作られる醸造酒ですが、このシェリー樽もスコッチウイスキーに欠かせません。様々な国のお酒がスコッチウイスキーを支えています。ウイスキーを飲むときは、是非、香りを楽しんでから、口に含むことをお勧めします。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)