おとなの養生訓

おとなの養生訓 第176回「刺身を引く」 うまさが引き出される

2020年01月24日 10時00分

 子供のころから刺身が好きではありませんでした。食べられないとか言うのではなく、おいしいものだという実感がなかったのです。「ただ醤油の味しかしない食べ物」という感覚です。お寿司は、すし飯をおいしいと思っていたので、問題なく食べていたのですが…。成人となり、宴会に顔を出すようになっても、初めに出てくる刺身の盛り合わせは、あまり手を付けませんでした。もちろん周りは喜んで口にして、お酒もはかどっていました。ですからおいしいものに違いはないはずですが…。

 いつの頃か、判然としていないのですが、ある宴会で鯛の刺身を食べる機会がありました。それを口にした瞬間、あまりのおいしさに驚きました。刺身に初めて出会ったような感動でした。それから、さまざまな刺身のおいしさに気づき始め、一方で、本当においしくない刺身もあるということに気づいたのです。

 生きが下がっているとか、安い居酒屋だとか、そういうことではありません。同じようなネタでも、おいしいものと、そうでないものがあるのです。興味を持ち、板前さんたちにいろいろ尋ねてみました。結論は包丁でした。

 魚の身のブロック状のものを「さく」というのだそうですが、さくから刺身を切ることを「引く」というのだそうです。刺身は切るものではなく引くものだと。研ぎ澄まされた刺身包丁で、一気に引く。決して押したり、前後に動かしたりしてはならない。引くことで、身がつぶれず、滑らかな舌触りが生まれ、そしてうまさが引き出されるのです。

 こうして引かれた刺身の切断面は、ピカピカに光っています。この輝く刺身を目の前にすると、口に入れなくても、うまさが口の中に広がる思いがします。箸をつける前に、ほれぼれと眺めることが、ままあるくらいです。

 子供の頃、こんな職人技に遭遇しなかったのは、ごく当たり前のことです。もし、子供の頃にこれを知っていたら、どんなに贅沢なガキになっていたかと思うと、むしろありがたいことでした。

 今でも刺身には閉口することが多いのです。「引いていない」刺身を大量に盛り付けるレシピが横行しているからです。結局、あまり箸をつけずに終わってしまいます。宴会のスタートに出てくる大事な料理です。美しく引かれた刺身を数枚、ゆっくりと味わえば文句はないと思うのですが…。

(札医大医学部教授・當瀬規嗣)


おとなの養生訓 一覧へ戻る

ヘッドライン

ヘッドライン一覧 全て読むRSS

e-kensinプラス入会のご案内
  • 東宏
  • 川崎建設
  • オノデラ

お知らせ

閲覧数ランキング(直近1ヶ月)

おとなの養生訓 第245回 「乳糖不耐症」 原因を...
2023年01月11日 (1,401)
函館―青森間、車で2時間半 津軽海峡トンネル構想
2021年01月13日 (1,304)
おとなの養生訓 第43回「食事と入浴」 「風呂」が...
2014年04月11日 (1,283)
アルファコート、北見駅前にホテル新築 「JRイン」...
2024年04月16日 (1,089)
藻岩高敷地に新設校 27年春開校へ
2022年02月21日 (993)

連載・特集

英語ページスタート

construct-hokkaido

連載 おとなの養生訓

おとなの養生訓
第258回「体温上昇と発熱」。病気による発熱と熱中症のうつ熱の見分けは困難。医師の判断を仰ぎましょう。

連載 本間純子
いつもの暮らし便

本間純子 いつもの暮らし便
第34回「1日2470個のご飯粒」。食品ロスについて考えてみましょう。

連載 行政書士
池田玲菜の見た世界

行政書士池田玲菜の見た世界
第32回「読解力と認知特性」。特性に合った方法で伝えれば、コミュニケーション環境が飛躍的に向上するかもしれません。