コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 248

ながらスマホ

2018年03月22日 07時00分

 ドイツ文学を代表する作家ヘルマン・ヘッセの短編の一つに、『少年の日の思い出』がある。チョウ集めに没頭していた少年時代を振り返る物語なのだが、この一節に共感する人も多いのでないか

 ▼「チョウをとりに出かけると、学校の時間だろうが、お昼ご飯だろうが、もう塔の時計が鳴るのなんか、耳にはいらなかった」。チョウ集めに限らない。テレビでも本でもプラモデルでも、好きなことなら何でもだろう。四書五経の『大学』に記されているところの「心ここにあらざれば視れども見えず、聴けども聞こえず」に近い。子どものころのほほ笑ましい思い出ならそれも良かろう。ただ心を奪われた人が、揚げ句誰かの命を奪ってしまう事態になると話は違ってくる

 ▼昨今のいわゆる「ながらスマホ」の問題である。19日、大津地裁はスマホが原因で死亡交通事故を起こしたトラック運転手に判決を言い渡した。禁錮2年の求刑に対して下されたのは2年8月の実刑。求刑を上回る判決は極めて異例という。被告の運転手は高速道路を走りながらスマホを見ていたため渋滞に気付かず、停止中の車に突っ込んだ。裁判官は「ながら」を単なる不注意でなく、明確な危険行為と断罪したのである

 ▼昨年12月には右手で飲み物を持ち、左手でスマホを操作しながら自転車を運転していた女子大生がお年寄りをはねて死亡させた。事故になるかどうかは別にして、今やこれらは特殊な例でない。同じような人はどこにでもいる。スマホは瞬時に「心ここにあらざる」状態をつくり出す。心を奪われてはいけない。


ゆうばり映画祭

2018年03月20日 07時00分

 往年の三船敏郎の映像がふんだんに。18日、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、「MIFUNE:THELASTSAMURAI」が上映された

 ▼波乱に満ちた生涯に迫ったドキュメンタリー作品だ。アカデミー賞を受賞したスティーヴン・オカザキが監督を引き受けた。メリハリのある映像で、俳優としての三船の魅力が浮かび上がる。戦後から1960年代の日本の社会的な背景も織り交ぜている。「ヒロシマナガサキ」で2008年にエミー賞を受賞した社会派の監督らしい。そして、次々に登場するスピルバーグ監督ら著名人のインタビューが圧巻だ

 ▼上映前に行われたトークで、日系三世のオカザキ監督は「10代の時『七人の侍』で、初めてアジア人のヒーロー映画を見た。ドキュメンタリー制作は夢だった」と感慨深げに話した。三船敏郎の孫でプロデューサーの三船力也氏は「ハードルは高かったが、最初で最後という思いでアカデミー監督にお願いした」と苦難の道のりを明かした。この作品は海外で先行上映され、国内では5月に劇場公開する予定

 ▼三船は、黒澤と組んで「羅生門」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「用心棒」などで主演、国際的なスターとなり「世界のミフネ」と呼ばれて愛されるようになった。どの作品も名作中の名作だが、公開当時はタブーを破る斬新な手法で世界を驚かせた。それまでの常識にとらわれない、先駆的な映画。その映像は、今も新鮮だ。型破りな三船の存在は公式・非公式を問わず尖った作品を上映し続ける「ゆうばり映画祭」に似合う。


監視社会中国

2018年03月19日 07時00分

 米国俳優アーノルド・シュワルツェネッガーの代表作はと問われて多くの人がまず思い浮かべるのは映画『ターミネーター』だろう。氏演じる未来から来たアンドロイド「T―800」が脅威となる人間を抹殺しようと執拗(しつよう)に追い回す物語である

 ▼未来社会では自我を持ったコンピューター「スカイネット」が人類をほぼ根絶やしにし、残り少ない人間が抵抗軍を組織して反撃に出ているとの設定だった。この恐ろしい「スカイネット」と同じ名前で呼ばれるシステムが、現実の世界で既に稼働しているのをご存じだろうか。AI(人工知能)を駆使した中国の監視カメラネットワーク「天網」である。全国に1億7000万台のカメラがあり、この内2000万台に高度なAIと顔認識機能が搭載されているそうだ

 ▼その能力は想像のはるか上を行く。数秒で億単位の人物を特定し、リアルタイムで行動を把握できるという。2000年から整備が始まり、あと3年ほどで中国全土を網羅するらしい。中国といえばインターネットの厳しい監視でも知られる。体制批判の書き込みは即座に消され、当局が危険視する言葉は検索さえできない。思想統制を強めているのである。このネット監視と「天網」が融合するとどうなるか。きっと籠に入れられた鳥の気分だろう

 ▼折しも習近平国家主席に終身主席の道が開けた。これからは習氏の自我が中国人民の上に君臨する。「T―800」は最後に「必ず戻る」と言い残して溶鉱炉に消えた。中国にも再び過去の独裁が舞い戻るのでなければいいのだが。


平昌パラリンピック

2018年03月16日 07時00分

 国立民族学博物館で准教授を務める広瀬浩二郎氏が失明したのは13歳の時だったそうだ。数々のハンディを乗り越え文化人類学者となった氏は今、全盲を物ともせず野外調査を精力的にこなし、趣味で居合道もたしなむ。周囲の偏見を自らの工夫と行動で覆してきたのである

 ▼氏はこう顧みる。障害者はかつて社会の片隅で「こそっと」生きていたが、徐々に法も整備され「ちょこっと」自己主張できるようになった。氏の半生をつづった著書『目に見えない世界を歩く』(平凡社新書)で学んだことである。「ちょこっと」にはまだ先があるという。次は「がらっと」。それは「マイノリティが社会の常識、固定観念を引っくり返す」段階なのだとか

 ▼読んだときには何を言わんとしているのかよく理解できなかった。当方がいわゆる健常者だからだろう。ところが韓国平昌パラリンピックで選手たちの活躍を見ているうち、その一端が分かった気がした。障害者に対する固定観念が引っくり返されたからである。雪や氷の上に立つのは五輪と変わらぬ一人の競技者。障害の暗い影などどこにもない。「オリ」と「パラ」の違いは、スキーとスケートといった種目の違いでしかないようにさえ思えた

 ▼14日にはアルペンスキー女子大回転(座位)で村岡桃佳選手が金メダルを獲得。日本に初の金をもたらした。攻めに徹した滑りはまさに圧巻。頑張る障害者を見るのでなく、純粋に競技を楽しませてもらった。こうした「がらっと」を幾つも積み重ね、誰もが個性に応じて力を発揮できる社会に近づけるといい。


春の魔法

2018年03月15日 07時00分

 この1週間の陽気で今冬初転びを経験した道産子も少なくないのでないか。雪国に生まれた者は一度も尻もちをつかずに冬を乗り切ることに妙な自負心を持っているが、こう道がつるつるでは長年培ってきた雪道歩行術も一向に役立たない

 ▼当方もつい先日、敗北感を味わったばかりである。「うづくまる獣の如しくろずみて路傍に残る雪といふもの」片山栄志。ぬれるだけならまだしも、どろどろになるのには参る。札幌で真冬日を観測したのは今月7日が最後。きのうはついに最低気温もプラスに転じ、冬日を脱する日が現れた。ところが厳しい寒さが続き雪も多く残っていたところに暖気が押し寄せたものだから、あちこち水浸しで厄介この上ない

 ▼とりわけ例年にない積雪に悩まされた釧路や函館地域は、ここにきて雪解け水にも難儀させられていると聞く。本紙14日付も、釧路川が大雨と融雪の影響で戦後2番目の水位になったとの釧路開建記事を伝えていた。融雪災が各地で多発しなければいいのだが。うっとうしい事柄だけを気にしていても仕方がない。明るい面にも目を向けてみよう。きょうは公立中学校の卒業式、あすは公立高校の合格発表である。本物の桜の開花はまだ先だが、「サクラサク」の便りは全道の吉報を待つ家庭に一足早く届けられるはず

 ▼「人も地も街も変身春の魔法」末安真理子。いろいろな物事が一気に動きだし姿を変えていくさまはまさに「春の魔法」。自然と足取りも軽くなる。ただしつるつる道には気を付けて。きれいな服が一瞬で真っ黒になる春の魔法にかかる。


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