コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 286

ハインリッヒの法則

2017年06月09日 09時10分

 本紙の読者なら、ハインリッヒの法則はよくご存じのことと思う。1件の重大な労働災害・事故の裏には29件の軽微な災害・事故があり、さらにその背後に300件のヒヤリハット経験が隠れているという法則である

 ▼重大事故はたいてい、突然発生するように見えるが実はそうではない。ヒヤリハットを無視した上、軽微な事故を何の対策も取らず放置するか隠蔽(いんぺい)した結果、呼び込んでしまうのである。茨城県にある日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターで6日起きた放射性物質汚染事故も、そんな安全軽視体質の表れではないか。事故隠しや虚偽報告、そんな暗い過去を持つ組織である

 ▼事故は作業員5人が燃料研究棟で容器の点検をしていた時に発生した。ふたを開けたところ中の袋が破裂し放射性物質が飛び散ったという。全員が被ばくし、うち1人の肺からは2万2000ベクレルものプルトニウム239が計測されたそうだ。直ちに健康被害はないらしいが、本当にそう願いたい。東電福島原発事故調の元委員長畑村洋太郎氏が、『決定版 失敗学の法則』(文春文庫)で機構の前身である動力炉・核燃料開発事業団について考察していた

 ▼氏は1995年の「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故を例に挙げ、組織に問題を隠す体質があると指摘。原子力に悪い印象を持たれたら終わりとの強迫観念がそれをつくったと分析している。あれから20年以上たち組織の形も変わったが、肝心の体質は…。隠された29や300がまだあるとすれば、不幸は今回の事故だけでは済まない。


父親にしたい?

2017年06月08日 09時23分

 英文学者で作家の吉田健一氏はある時から、父のことが「もう一人の自分だといふ気がしてならない」と思うようになったそうだ。随筆「父のこと」で述懐していた

 ▼父とは戦後占領期に日本のかじ取りをした吉田茂首相。その晩年のころの話らしい。「父と自分の区別が付け難くなつて、旅行などしてゐると大磯のもう一人の自分はどうしてゐるだらうと考へたり」したそうだ。よほど生々しい感覚だったのだろう。日本生命保険がおととい、「父親にしたい有名人」のアンケート結果を発表した。18日の「父の日」にちなんで実施したものである。眺めながら考えたのだが、こちらの回答者も実は父親を拡大鏡にして、理想の自分という「もう一人の自分」を見ているのではないか

 ▼1位は親しみやすく多彩な才能を持つタレント所ジョージさん、2位が孤高の天才メジャーリーガーイチロー選手、3位が「永遠の若大将」俳優加山雄三さんだったそう。いずれも印象としては父親というより憧れの存在だろう。アンケートは40、50歳代を中心に全世代の男女約7600人を対象にしたものだという。発表は10位までだがタレントと野球選手、俳優で全ての席を占めている

 ▼設問が「父親にしたい著名人は誰ですか?」なのだから、このところテレビで見ない日はない政治家の面々の名が出てきてもよさそうなものだが、お声掛かりはないようだ。たぶん「もう一人の自分」たる理想の自分とは重なり合う部分がないのだろう。まあ、与野党が連日低レベルの争いを繰り広げる今の国会では無理もないか。


いじめの有無で右往左往

2017年06月07日 09時21分

 戦前の詩壇で活躍した余市出身の詩人に左川ちかがいる。病気のため24歳の若さで世を去ったとき、萩原朔太郎が「女流詩人の一人者で、明星的地位にあった人であった」と早すぎる死を悼んだという

 ▼代表作の「緑」は20歳のころに書かれた詩だが、中にこんな一節があった。「視力のなかの街は夢がまはるやうに開いたり閉じたりする/それらをめぐつて彼らはおそろしい勢で崩れかかる/私は人に捨てられた」。言葉通りの解釈なら崩れかかる「彼ら」とは山の「緑」なのだが、当然そればかりではないはずだ。若い心は鋭敏である。自分を取り巻く人々や社会といったさまざまなものがその時、詩人の心象風景には去来していたに違いない。何せ最後に「私は人に捨てられた」との重い一言が続くのである

 ▼2015年にいじめが原因で自殺した茨城県取手市の中学3年生中島菜保子さんも命を絶つ直前、やはりそんな絶望感に陥っていたのだろう。学校という閉じた世界の中で、どれだけ苦しんだことか。問題は不幸がこれで終わらなかったことである。本人の日記や同級生の証言があったにもかかわらず、市の教育委員会は翌16年、いじめに該当せずと決定を下したのだ。ご両親にしてみれば、娘が二重に「人に捨てられた」ようなもの

 ▼遺族の訴えもあり、市教委は最近になってようやく昨年の決定を撤回し、いじめの疑いを認めたという。ところが「いじめに該当せず」の決定に至る経緯をつまびらかにするつもりは全くないらしい。どうやら教育委員会自体も崩れかかっているようである。


グリフィンさんの失敗

2017年06月06日 09時04分

 米国のコラムニスト、マイク・ロイコが以前、ロナルド・レーガン大統領を皮肉る一文を物していたのを覚えている

 ▼レーガンは当時、軍事に大金を投入する一方で、貧困層への援助は削減する方針を打ち出していた。ロイコはまず「賢明なやりかた」と太鼓判を押す。その上でこう説明するのである。貧困層をさらに困窮させると必ず暴動が増える。それを鎮圧するには軍備の増強が必要に決まっているではないか。ロイコはさらに言葉を重ねる。レーガンが政府予算を策定するに当たっての論理は「クリスタルのごとく明快」。コラムを読んだ読者はきっとニヤリとしただろう。現代風に言えば「ほめ殺し」である。ユーモアを交えた風刺は時に真正面からの批判より力を持つ

 ▼ただこちらはどうやらそのユーモアをはき違えてしまったようだ。米国のコメディー女優キャシー・グリフィンさんが、トランプ大統領とみられる斬首された血まみれの人形の頭を持った動画を公開し、非難が殺到している件である。欧米のコメディーで際どい政治風刺は定番だが、これは悪趣味すぎて笑えない。「IS」の処刑映像を思い出した人もいよう。英国などでテロが続く昨今である

 ▼ロイコはコラムの締めに「他のどんな手段をもってしても果たせなかったことを、レーガンの福祉改革はやり遂げようとしている」と書いた。貧困者が死ぬから問題もなくなるとの毒舌だ。グリフィンさんもロシア人の格好でこう言うべきだったのでないか。「パリ協定脱退のおかげでこれからはシベリアでも暖かく暮らせます」。


測量の日

2017年06月05日 08時59分

 残雪も消え、のんびりと山を歩くにはいい季節になった。山の旅に必携品は幾つかあるが、国土地理院の地形図もその一つ

 ▼慣れた山なら登山ルートを知るのに首っ引きになることはない。ただ、時折取り出して実際の沢筋や斜面と地図を見比べてみるのも楽しいもの。形ある現実の風景を一枚の紙の上に落とし込む精密な技に、ある種の美しさを感じるからだろう。初めての山では当然、その技に大いに助けられる。物理学者の寺田寅彦も地図の価値を知る人だったらしい。1934年の随筆「地図をながめて」に、「学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なもの」と記している

 ▼当時地形図の製作に従事していた陸軍参謀本部陸地測量部の技術者のことも、「まじめで忠実で物をごまかさない頼もしい精神」の持ち主と評価していた。さらには、「一本の線にも偽りを描かないようにというその科学的日本魂のおかげであの信用できる地形図が仕上がる」。絶大なる信頼である。地形図に限らず、日本のインフラ施設が優れているのも測量技術者が今も「科学的日本魂」を受け継いでいる証拠だろう。正確な位置を提供すべき測量が雑なら、まともなものができるはずもない

 ▼経緯儀を持ち運ぶ時代から、トータルステーションやGNSS、UAV(無人航空機)など新鋭機器を駆使する時代に移りはしたが、「頼もしい精神」まで変わってはいないというわけだ。きょうは測量の日。寺田氏の視点で測量技術を頭に描きながら、インフラを眺めてみるのもまた一興である。


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