コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 89

「黒い雨」訴訟

2021年07月28日 09時00分

 元世界銀行副総裁の西水美恵子さんは、国のリーダーの条件に「頭とハートが繋がっている」資質を挙げる。それはこんなところに表れるそうだ。「国民の幸せを口先だけの意とする国政と、成すことすべての焦点として本腰を入れる国政は、政策の選択が異なる」

 ▼見掛けは同じでもリーダーに真の思いやりがあれば行政の質は根本から変わるというのである。『国をつくるという仕事』(英治出版)に記していた。これも思いやりの表れだろうか。菅首相が26日、いわゆる「黒い雨」訴訟で国が上告しないと決めたことを明らかにした。広島に原爆が投下された直後の放射性物質を含む雨の影響で、健康被害を受けたとして住民などが訴えていた裁判である。報道によると首相は会見で、「多くの方は高齢者で病気の方もいるため、速やかに救済させていただく」と述べたという

 ▼一、二審は共に原告の訴えを認め、全員への被爆者健康手帳の交付を求めたが、厚生労働、法務両省は上告すべきとの意見だった。「黒い雨」と原告の身体状態の因果関係は明確でない。今後の行政への影響を考えると、判決の確定は避けたいと思うのが官僚というものだろう。しかし救済を待つ人が現に大勢いる。頭とハートがつながった政治決断が必要だった

 ▼支持率回復と衆院選勝利のための材料にすぎないとの批判もある。その狙いがないわけはあるまい。ただ、どんな形にせよ前例主義を突き崩さない限り事態は一歩も進まない。原告も率直に感謝の意を表明していた。思いやりが本当なら、行政の質も変わるはずだ。


五輪開会式で木遣り

2021年07月27日 09時00分

 洋の東西を問わず、昔から大勢で一斉に作業をするときには仕事唄や労働歌と呼ばれる民謡が歌われてきた。皆の心をまとめると同時に一定のペースを維持するためである。日本なら田植え歌が有名だろう。全国各地に固有の歌がある。明治期に入ってからは炭鉱でも多くの歌が作られた

 ▼同じ目的を持つ者たちが声を合わせて歌うと不思議な一体感が生まれ、格段に作業がはかどる。経験のある人も多いのでないか。木遣り唄もその一つ。今では正月の出初め式や祝賀行事でしか聞く機会はないものの、元は鳶の職人たちが大木や岩を運んだり地固めをするときに歌っていたそうだ。その唄が23日の東京2020オリンピック開会式の各国選手団入場行進前にいきなり響いたのには驚いた

 ▼江戸消防記念会有志が勇壮にまといを振り木遣りを披露する中、棟梁に扮(ふん)した女優の真矢ミキさんがてきぱきと大工たちに指示を出す。全員が力を合わせ、一生懸命に作っていたのは木製の大きな五輪マークだった。使われた木材は前回東京五輪に参加した国が当時持ち寄った種から育てた木の間伐材だという。過去と現在を結び、世界の一体感を演出しながら木の文化を持つ日本の美しさにも触れてもらう。その全てをつなぐ仕掛けに木遣りを使う発想が斬新だった

 ▼今大会には国・地域・難民合わせ206選手団が参加している。これだけ集まれたのは比較的新型コロナ感染の程度が軽い日本だからだろう。開けて良かった。五輪は平和を実感できる貴重な機会だ。皆で声を合わせ、最高の大会をつくりたい。


東京五輪開会式

2021年07月22日 09時00分

 連載が終わってもう見られないかと思っていたら、『週刊少年ジャンプ』(集英社)最新号の特別読み切りに現れた。オリンピックの年だけ眠りから覚める『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(作・秋本治)のキャラクター日暮巡査である

 ▼今回は超能力を使って1964年に飛んだ日暮を両さんがタイムマシンで追う。オリンピック開会式前日の東京に着き、居酒屋に入った両さんが目にしたのは思わぬ現実だった。それはオリンピックに反対する人々の多さだ。「関係ない」「どうでもいい」と笑い飛ばす客たち。新聞には〝政府はそんなことをしている場合か〟〝まだ戦後19年なのに〟などの見出しが躍る。実際、当時のNHK世論調査でも国民の関心は高くないとの結果が出ていたと聞く

 ▼いつの時代にもそれなりの問題はあるということだろう。波乱、異例続きの東京2020五輪・パラリンピックもそう驚くには当たらないのかもしれない。一部競技は既に始まっているが、いよいよあす開会式である。「おもてなし」で沸いた招致成功の感激もつかの間、新国立競技場コンペ1位ザハ案の白紙撤回、公募エンブレムの盗作騒動、そしてコロナ禍と踏んだり蹴ったり。開会式を担当した音楽家が昔の暴行で辞任するおまけまで付いた

 ▼ただ、福島県で21日開かれた復興五輪を象徴する女子ソフトボールでは日本がオーストラリアに快勝。これまでの暗雲を振り払った感があった。『こち亀』は終盤で過去の東京五輪をこう描いている。開催して「日本中が勇気をもらった」。今大会もそうなるといい。


行方不明者

2021年07月21日 09時00分

 今放送しているNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の少し前の回に、主人公百音の幼なじみ亮の家族に触れた場面があった。舞台は気仙沼市の離島亀島。中学生の時に起きた東日本大震災で亮は母親を失っている。逃げ遅れて津波にのまれたらしい

 ▼らしい、というのはドラマで詳しい説明がないからである。状況から行方不明になったままのようだ。亮の父親は立ち直れず、5年後も酒浸りの生活を続けていた。多くの手記を読むと家族にとって遺体が見つからない現実ほどつらいものはないそうだ。生存は諦めざるを得なくとも、いつまでも水の中、土の下にいさせるのは忍びない。気持ちの整理もできないのだ。それはどんな災害でも変わるまい

 ▼大雨の影響で上流部の違法な盛り土が全層崩壊した熱海市の土石流災害からもうすぐ20日。連絡の取れない行方不明者は14日時点で17人だったが、現在までに7人の遺体を発見。まだ10人が見つかっていない。家族らは一日も早くと祈るような思いでないか。それにしても被災者のために今も懸命の捜索を続ける自衛隊や警察、消防には頭が下がる。狭い谷で大きな重機が入れないため、活動は手作業による人海戦術が主だという。大雨や猛暑の中で一日中、泥まみれでがれきや土砂に立ち向かっている。排除した泥土の搬出には地元の建設業者も協力しているそうだ

 ▼現時点で行方不明者が生きている可能性はほぼない。それでも早く出してあげたいと奮闘しているのである。土の下に埋められている人だけでなく、残された人の未来も救っているのだ。


米子松陰高校の悲劇

2021年07月20日 09時00分

 脳科学者の中野信子さんが、近著『生贄探し 暴走する脳』(ヤマザキマリ共著、講談社)で日本社会特有の風潮に触れていた

 ▼それは「win―winよりもlose―loseを指向する」ことだという。つまり「私が損をしているのだからお前も損をすべきだ」との考え方である。目立つような言動をして波風を立てるのは何としても避けたい。結果、挑戦して両者得するより、低きに流れる方を選ぶのである。こちらのニュースを聞くと、そんな悪しき風潮の典型例が出たと思わざるを得ない。開催中の第103回全国高校野球選手権鳥取大会で、米子松陰高校が出場辞退に追い込まれた一件である。16日に学校関係者1人の新型コロナウイルス感染が判明したのだ

 ▼ところが伝えられるところによると、当の関係者と野球部に特段の接点はなく、部員と顧問が独自に実施した抗原検査も全員陰性だった。次の試合までに感染者や濃厚接触者でない証明が公的にできないため辞退せざるを得なかったそうだ。米子松陰は春季県大会で優勝し、今大会も優勝候補の筆頭。それが初戦17日の前日に同校で感染者が出たため証明が間に合わないとされたらしい。おかしな話でないか。試合日が1日違えば問題なく出場できたかもしれない

 ▼去年から長くコロナで不自由を強いられている生徒たちにこの仕打ち。ただ今回はコロナのせいではあるまい。大人たちの事なかれ主義の犠牲になったのだ。高野連はきのうから対応を検討していた。本欄が載る20日までには誰にとっても良い結論が出ているといいのだが。


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