物事を、心の中、つまり脳の中にとどめておくことを記憶といいます。つまり「覚えている」ことです。記憶は脳内にとどまっている時間によって、感覚記憶、短期記憶、中期記憶、長期記憶と分類されます。感覚記憶は様々な情報が目、耳、味覚、嗅覚などの感覚器官を経て脳に届けられて0・1秒から0・5秒のほんの短い期間とどまる記憶です。感覚器官から入力されたすべての情報は一旦、ほんのわずかな期間ですが、脳内にとどまり、そこから必要な情報だけ残り続け短期記憶となります。それ以外の感覚記憶は消失します。
短期記憶は脳内に数分間とどまる記憶です。例えば、電話で人の住所や電話番号を聞いて、それを手元の紙にメモをするというような時に用いる記憶です。メモしたので、住所や電話番号は忘れてしまっても差し支えないので、それ以上脳内に記憶をとどめる必要はないわけです。
短期記憶のうち、その場での当面の行動に必要な記憶は中期記憶として脳内に保持されます。例えば、会話をしているときに、その話したり聞いたりしたことは、会話の継続に必要なので、中期記憶として脳内に保持されます。会話が終わると、当面は必要がないので、その内容は次第に忘れていきます。
しかし、会話の内容の要約や特に印象的な場面、事柄、言葉など、そして、会話をしたという事実、時間、場所などは、長期記憶としてとどまることになります。この長期記憶が、一般の方が「記憶」としているものです。長期記憶も脳内にとどまるのは数時間に過ぎないものから、生涯忘れないものまであります。この長期記憶は最終的に大脳の前の方にある前頭葉という場所に貯められると考えられています。
記憶しているかどうかは、思い出して初めて確認できます。これを想起と呼びます。想起は記憶を意識の中に乗せることなので、想起をすると記憶内容を再び記憶することでもあります。ですから、何度も想起すれば記憶は消えにくくなり、ついには生涯忘れない記憶となるのです。自分の名前や年齢、住所などを覚え続けられるのは、想起する機会が数知れなくあるからなのです。
お酒を飲み過ぎた翌朝に、前の日の宴会のことがすっぽり抜け落ちていることがありますが、これは、アルコールが中期記憶を長期記憶にするステップを妨害するためと理解されています。忘れるほど飲むのは、脳に悪影響が残る可能性があります。ご用心。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)